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Side緑
一日の最後の仕事、打ち合わせが終わって会議室から出るともう外は暗かった。
「疲れたー」
「長かったね」
「お疲れ様」
みんながそれぞれを労う。
じゃあまた、と手を振って別れた。が、
「あ待って慎太郎、今日送ってって」
振り返るとジェシーがいて、急激に心拍数が上昇する。
ああ、これが胸の高鳴りなんだろう。
「え?」
「なんかマネージャーさんが別の仕事で来れないらしくて。だから車一緒に乗らせて」
喜んで、と返したいところだが平静を保つ。
「全然いいよ」
駐車場のほうへ歩き出すが、後ろのジェシーが立ち止まった。
「ん? どうした」
何やら頭上を見上げている。
「見て慎太郎、月が綺麗だよ」
その台詞を聞いて、またもや心臓がドクンと音を鳴らした。
空を仰ぐと、暗い中にぽつんと三日月が輝いている。
もしやこれは、あの有名な言い回しではないか。ならば……。
「ジェシー。俺、死んでもいい」
彼は俺に視線を戻し、目をしばたかせた。口が半開きになっている。
「あの、それって……」
「ハハッ、もちろん本気じゃないよ。だって『月が綺麗』って言うから」
彼の端麗な目を見つめて、
「俺ジェシーのことが好き」
何でもないことのように短く告げる。
見開かれた瞳には、月明かりが映る。
「俺慎太郎のことが好き」
まるでデジャヴのように繰り返された言葉は、真っ直ぐに俺の胸を射抜いてくる。
視線を落として反芻するが、「ジェシー」と言ったところがしっかりと「慎太郎」に変わっている。
これって、もしかして……。
両想い。
そう訊こうと思ったけれど、彼の大きな身体に包まれて何も言えなくなる。
「やったね、カップル成立だ」と甘い声が耳元で聞こえた。
「おい、ちょっ…ここ、一応外なんだけど」
「あっそうだった! AHAHA」
そう快活に笑うと、やはりいつも通りのジェシーだ。
「とりあえず車乗ろうか」
もうこのまま家に連れて帰ろうかな、なんて考えてにやけてしまう。だが、
「これから俺んち来る?」
そっくりそのままジェシーに取られた。
「あーあ、俺が連れ込もうと思ってたのに」
なんて笑い合う。
車内で二人きりになると、俺は訊きたかったことを口にした。
「ねえ、あの台詞の意味知ってたの?」
もちろん、とジェシーはうなずく。
「ふっと上を見たら、綺麗な三日月があったんだよね。それでぽんって頭に浮かんできたのがあのフレーズ。だって有名じゃん、俺でも知ってるよ!」
またアハハとデカい声で笑った。
「いつかプロポーズしたいなって思ってたんだけど、いつ言おうかなって迷ってたら先に慎太郎に言われちゃったね」
こっそりとしてやったりの笑みを浮かべる。車を発進させると、しばしのドライブデート。
「え、ほんとに家行っていいの?」
「いいよ。泊まってく?」
それは……と少し黙る。
「今日はすぐ帰るよ。お楽しみはまた今度にしよう」
えー、と彼は残念がった。
「だって、やったらお前止まんなくなりそうだもん。しかも俺ら明日も仕事だし」
「確かに。AHAHA!」
うるさいけれど元気はもらえるこの笑声が、狭い空間に響く。
これからどうしようか、みんなにはどう打ち明けようかなんて考える余裕はなかった。
目の前の彼を、今日から独り占めできるという幸福感が俺を満たした。
続く