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Side緑
「おじゃましまーす」
久しぶりに来た彼の家。玄関の靴箱の上には、どこかの国のものだろうか、見慣れない魔除けのようなものが置いてある。
リビングに通され、ソファーに並んで座る。
「ごめん、お茶とか何もないんだけど…」
「いや、そんなのいいよ」
どこかそわそわして辺りを見回してみるが、彼らしい異国情緒あふれるインテリアが飾ってあるだけだ。
「なあ、ほんとにこれでいいの?」
ジェシーが尋ねてきた。
「どういうこと?」
「ほんとは女の人と付き合いたいとか、そういうのない?」
その言葉に、俺は即座に首を振る。
「ない。素敵だなって思う女性はこれまでにもいた。でも好きなのはお前だけ」
そっか、と満面の笑みを見せた。すごく嬉しそうだ。
「だけど…俺自身もびっくりしてるんだよね」
俺が言うと、不思議そうに小首をかしげた。
「ほら、時代的にセクシュアリティ…? の問題ってけっこう取り上げられてるじゃん。それの当事者に俺も当てはまってたってことが、なんかびっくりしてる」
うん、とジェシーはうなずいて、
「でも今は関係ないじゃん。だってたまたま好きになった人が同じグループのメンバーだったっていうだけでしょ」
からりと笑う。
そうだ。これは奇跡みたいなことで、惹かれ合った75億分の2人がただ近くにいた、というだけだ。それを邪魔するものは、何もない。
「でもさ、公表とかどうするよ? 一般人ならいいけど、曲がりなりにもアイドルだから」
ジェシーは苦々しい顔になる。
「……今考えるのやめない? とりあえずさ、kiss me」
少しネイティブっぽい発音で言ったあと、目を閉じる。そういえば忘れていた。というか、彼は受けたい側なのか。
俺は戸惑いながらも、彼の首に手を当てて顔を近づける。
慎重に、丁寧に、優しく唇を重ねる。
何だか甘酸っぱくてくすぐったい。
数秒して離すと、どちらからともなく笑いだした。
「HAHA、なんか笑っちゃうね」
「俺、ジェシーの唇ってこんな味なんだって初めて知った」
「食べてたの? AHAHA! そっちも美味しかったよ」なんて訳のわからない会話も、笑顔で弾む。
「…じゃあ…味を忘れないうちに帰るわ」
ソファーから立ち上がった。
「えっもう?」
寂しそうに服の裾を引っ張ってくる。そんなことされたら帰れなくなるというのに。
「明日も仕事で会えるだろ。イチャイチャ…とまではいかなくても仲良くしようぜ」
「もともと仲良いけどなー」と楽しげに笑う。
荷物を持ち、靴を履く。
「じゃあ今度は夜も一緒にね」
ジェシーが壁に寄りかかりながら言う。「うん。近いうちに」
車まで見送るという彼を、ここでいいと断る。あまり気を遣わせたくない。
「また明日ね、sweetheart」
いつか歌ったラブソングの歌詞にあった言葉が耳に届く。
「またな、ダーリン」
それを聞いたジェシーは「AHAHA、どっちがdarlingだよ」と笑声を上げる。
まあ、こんな楽しい人と一緒にいたら毎日がもっと何倍も楽しくなることは間違いない。
もう一度「じゃあな」と言ってからドアを閉めるとき、夜空では相変わらず三日月が微笑んでいた。
終わり