テラーノベル
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「……冷えてますか?」
ショーの歓声と音楽の音に紛れるほど小さな声で、瑞樹が耳元に問いかけてくる。
「ち、違います……っ」
反射的に否定した後で、何が違うのか自分でも分からなくなっていた。
瑞樹の手は、自分より一回り大きくて温かい。小指を通して伝わってくる確かな体温は、先ほどまでの不安や寂しさを溶かすように、やけに鮮烈に熱を帯びていた。
「じゃあ……このままでも、大丈夫ですか?」
柊吾は息を止めた。
瑞樹は前を向いたままだ。まるで、目の前のイルカの演技に集中しているだけのような、涼しげな横顔をしている。
不快なら断ればいい。嫌なら、その手を払いのけて離せばいいのだ。
けれど、柊吾には小指一本すら引くことができなかった。
(……嫌じゃない)
嫌じゃないどころか、ずっと求めていたのだと突きつけられて胸が痛い。
言葉にしたら、胸の中にしまい込んできた複雑な感情がすべてこぼれ落ちてしまいそうで、柊吾は小さく唇を噛みしめた。
「……はい」
絞り出した声は、かすかに震えていた。
瑞樹の小指が、ゆっくりと吸い付くように柊吾の小指へ絡みつく。
指をしっかりと繋ぐわけではない。ただ、お互いの小指を寄せ合い、体温を分かち合っているだけ。それなのに、あのアパートの玄関で重なったキスよりも、ずっと心と心が近い場所にいるように思えた。
斜め前のカップルも、周りの客も、誰一人として自分たちの手元なんて見ていない。みんな、プールの中で華やかに跳ねるイルカへ歓声を送っている。
光と音の渦の中で、柊吾の世界には瑞樹の手の温もりだけが確かに残っていた。
(……あったかいな)
この温もりに触れていると、何もかもを自分一人で抱え込んで耐え抜いてきた四年間が、少しずつ遠くへ離れていくような気がした。
病気の母のこと。自分たちを捨てて逃げた父のこと。元アイドルの自分に向けられる好奇の目。間違えないように、誰にも迷惑をかけないようにと、四六時中張りつめさせていた心の糸。
瑞樹がそのすべてを解決してくれるわけではない。
それでも、こうして隣で温度を分けてくれるだけで、明日ももう少しだけ頑張れるような気がした。
そんなふうに自分を支えてくれる相手を、好きにならないわけがない。
「……黒瀬さん」
耐えきれずに名前を呼ぶと、瑞樹がゆっくりとこちらへ顔を向けた。
青い水光を映した眼鏡の奥で、その瞳が優しく細められる。
「はい」
何かを言いたかった。
ただの感謝でもない。「好きだ」という言葉も、まだ口にする勇気はない。
けれど、どうかこの手を離さないでほしいということだけは、伝えたかった。
それでも結局、言葉に詰まった柊吾は、小さく首を振ることしかできなかった。
「……なんでもないです」
「そうですか」
瑞樹は理由を問い詰めない。
ただ、絡めた小指へほんの少しだけギュッと力を込めた。
それだけで、声にできなかった自分の惨めで愛おしい気持ちまですべて伝わってしまったような気がして、柊吾は熱くなった顔を隠すように再び前を向いた。
ショーのフィナーレ、イルカたちが一斉に水面から高々と跳び上がる。巨大な水しぶきとともに、会場全体が割れんばかりの拍手に包まれた。
柊吾も拍手をしようとして、ふと隣を見る。
瑞樹が、眼鏡の奥で静かに柔らかく微笑んでいた。
その手は、ショーが完全に終わり、客席の明かりが灯るその瞬間まで、一度たりとも柊吾の小指から離れることはなかった。
コメント
1件
わあああ、このシーンやばすぎる……!!😭💕 小指絡める仕草がもうエモすぎて心臓が持たないよ…瑞樹くんの「冷えてますか?」って気遣いも、ほんとは熱くなってる柊吾くんの心境も、全部が尊い。イルカショーの華やかさと対比するように、二人だけの静かな温もりが描かれてて、めちゃくちゃ刺さった。最後まで離さなかった小指、ずっと覚えてる…!