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ショーが終わり、客席の照明がパッと点灯すると同時に、瑞樹の手は名残惜しそうに、けれど驚くほど潔く離れていった。
「……行きましょうか」
「あ、はい……」
一瞬で現実へ引き戻された柊吾は、温もりの余韻が残る右手をぎゅっと握りしめ、前を歩く瑞樹の背中を追うようにスタジアムを後にした。
退場口へ向かう人波の中、ふと目に入ったのは、さっき見かけたあのカップルだった。明るくなった館内でも、二人は当然のように指を絡め合い、嬉しそうに寄り添って歩いている。
明るい太陽の下でも、当たり前のように手を繋いで歩ける関係。もし自分たちが普通の恋人同士だったなら、あのあたたかな温度を奪われることもなく、ずっと触れ合っていられたのだろうか。
自分たちは男同士で、しかも――恋人でも何でもない。
(……じゃあ、なんでさっき手を繋いでくれたんだろう?)
混み合う通路を抜けながら、胸の奥でモヤモヤとした葛藤が大きな渦を巻く。
お化け屋敷の時だってそうだった。暗闇に乗じたただの悪戯なのか。それとも、怯える自分を気遣った優しさなのか。 彼の本心が何処にあるのか未だに掴み切れていない。
玄関でキスをしておきながら「忘れてください」と言った瑞樹。それなのに、こうして思わせぶりに触れてくる。期待しては傷つき、勝手に浮かれては落ち込む自分が、酷く情けなかった。
触れ合っていた小指の痺れるような熱が、握りしめた手のひらの中でいつまでも消えてくれない。
ほんの少しだけ期待してしまう自分と、傷つくのが怖くて踏み出せない弱さ。
解けない答えを探すように瑞樹の後ろ姿を見つめながら、柊吾は自分の不甲斐なさに小さく吐息を漏らした。
帰りの電車の中、二人の間に会話は少なかった。
遊び疲れて眠っている乗客も多い中、柊吾は窓の外を流れていく夜景をぼんやりと眺めていた。車窓の暗がりに映る自分の顔は、驚くほど赤く、そしてどこか緩んでいる。
(僕、今日……ずっと笑ってた気がする)
四年間、完全に忘れていた感覚。誰かと一緒に過ごし、ただ純粋に楽しいと思える時間。
揺れる車内で、隣に座る瑞樹の肩が触れ合うたびに心臓が大きく跳ねたが、不快さなど少しもなかった。
最寄り駅を降りると、午後四時を過ぎてもなお衰えない西日が眩しく街を照らし、頭上からはけたたましい蝉時雨が降り注いでいた。少しずつ傾きかけた強い太陽を背に受けながら、二人で並んで静かに歩く。
アパートが近づくにつれ、この夢のような時間がいつか終わってしまう寂しさが、柊吾の胸をじわじわと侵食していった。
互いの玄関前まで辿り着くと、瑞樹がふっと足を止め、柊吾に向き直った。
「今日は、付き合ってくれてありがとうございました。柊吾さんの楽しそうな顔が見られて、俺も嬉しかったです」
「……僕の方こそ。ありがとうございました。黒瀬さんが誘ってくれなかったら、一生こんなところ行く機会もなかったと思います」
柊吾は俯きながら、精一杯の感謝を言葉にした。
名残惜しいが、これで今日が終わってしまう。そう悟り「おやすみなさい」と告げようとした、まさにその時だった。
「柊吾さん」
瑞樹が一歩、静かに距離を詰めてくる。
眼鏡の奥の瞳が街灯の光を反射し、鋭く、けれど深く濡れたような熱を帯びて揺れていた。
「……俺、柊吾さんのことが、気になっています」
「え……」
ドクン、と心臓が跳ね上がった。
「気になっている」――それは、あの日玄関でキスをされてから、ずっと柊吾が恐れ、そして密かに待ち望んでいた言葉だった。
「っ、僕、も……」
胸の衝動のままに言いかけた柊吾の唇を遮るように、瑞樹が静かに、けれど拒絶を許さない強いトーンで言葉を重ねた。
「無理して返事しなくていいです。ただ、知っていてほしかっただけなので。……じゃあ、おやすみなさい」
瑞樹はそれだけ言い捨てると、まるで自分の動揺から逃げるように素早く背を向け、階段を駆け上がっていった。
「あ……待って、待ってください!!」
柊吾は成り行きを考える暇もなく、夢中でその後を追った。
自室のドアの前で鍵を取り出そうとしている瑞樹の背中に向け、階段を登りきった柊吾は息を切らしながら叫んだ。
「待ってください! あの……っ、ぼ、僕も……っ! あなたのことが、気になってます……っ!!」
静まり返った夜の廊下に、柊吾の切実な声がはっきりと響き渡る。
瑞樹の動きが、ピタリと止まった。
ゆっくりと振り返った瑞樹の顔は、今まで見せたこともないほど驚きに見開かれている。完璧だった大人の余裕は綺麗に崩れ去り、眼鏡の奥の瞳が揺れていた。
「……柊吾、さん」
「無理して、言ってないです! 本当に……僕も、黒瀬さんのことが……っ」
顔から火が出るほど熱く、心臓が口から飛び出しそうだった。
瑞樹はしばらくの間、呆然とした様子で柊吾を見つめていたが、やがて――ふっと、今まで見たこともないような、子供っぽくも残酷なほど美しい笑みを浮かべた。
「じゃぁ……両想い、ですね」
「えっ」
「おやすみなさい、柊吾さん」
瑞樹はそれだけ言い残すと、今度こそ自分の部屋の中へと滑り込み、ドアを閉めてしまった。
コメント
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いやあもう、ラストの「両想い、ですね」で心臓止まるかと思ったわ……! ずっと手を繋いだ余韻とか、お化け屋敷の時の思わせぶりな行動とか、柊吾のモヤモヤが丁寧に描かれてたからこそ、あの一言がめっちゃ刺さった。黒瀬さんのあの子供っぽくて残酷な笑顔も反則すぎる。続きが気になりすぎて今夜眠れそうにないです……🔥