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2026年
冬休みが明けたばかりの教室で、秋山湊は自分の指先を眺めていた
爪は綺麗に整えられ、身につけている制服も鞄も最高級の素材だ。けれど湊にはそれらが自分を縛る重い鎖のように感じられてならなかった。
『進路希望調査票』
その紙を前に、湊のタブレットがAIの判定を弾き出す。
「文芸学部:合格率4.2%」
「…….たったの4.2%か」
2026年の今、芸術や文学は「生産性のない趣味」としてAIに取って代わられた領域だ。資産家の息子として、そんな「無価値な道」を選ぶことは、一族の失敗を意味していた。
湊が帰宅すると、高い天井の玄関には、自動掃除ロボットの低い騒音だけが響いていた。
リビングに向かうと、そこには父親がいた。国内最大のグローバルIT企業の重役を務めている父は、常に最新型のホログラム・ディスプレイを空間に展示し、地球の裏側の拠点と会議を設けている。
「ただいま」
湊が声をかけても、父の視界に空中に浮かぶ複雑な株価グラフと会議データから動かない。父にとって、目の前にいる息子よりも、世界を動かす数字のデータの方がはるかに重要だった。
「湊か。今月の成績データは見た。……数学のスコアが落ちている。AIの予測によれば、このままでは次世代の経営戦略コースからはずれる。修正しろ」
父は顔すらあげず、空間に浮かぶウィンドウを指先で引き飛ばしながら言った。父にとって家族とは、管理すべき「プロジェクト」のひとつに過ぎない。湊が何を悩み、何に絶望しているのか。そんな感情的なデータは、父のシステムには最初から存在していなかった。
「……….わかってるよ。期待通りにするよ」
湊は、自室にこもる代わりに、家を飛び出した。高級外車の並ぶガレージを通り抜け、冷たい風が吹く街へ。どれだけお金があっても、どれだけ最新の技術に囲まれても、この駒の奥にある空洞だけは、何十億円積んでも埋まりそうになかった。