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こちらの茨さん🖌️
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「はぁー……、そんなに何もかも上手く行くわけ無いって分かってたはずなのに……」
シトリンは赤竜に言われた通り、従者のロシュフォールと騎士団長ディデルを連れてグレンヴァル山に登り、竜から懸念事項を伝えられた日の夜、 自室のベッドに腰掛け、誰に聞かせるでもない愚痴を零した。
温泉に観光客を呼び込む事で発生する危険因子、それに気づけなかった。よりによって、人里離れて暮らしている竜神様に言われるまで気づけなかった。
ひとまず、観光客が増えたら男女を日や時間帯で分けようという話で一旦まとまったものの、根本的な解決にはならない。
今回のように、気づくこと無く埋もれている問題が、もしかしたら他にもあるかもしれないと思うと気が滅入る。
はぁ〜〜〜と、少女らしからぬ老け込んだため息を吐き、ベッドにごろりと寝転がる。
そんな時、ガチャリとドアノブが回る音がした。
王女の自室に入る時は、使用人はもちろん、国王や王妃だってノックしてから入るものだが、一人だけ例外が居る。
「シトリ〜ン、入るわよ〜」
もう入っているじゃない。そんな文句を言う前に、その人物は部屋に足を踏み入れていた。
「アクアお姉様!」
シトリンは、脱力してベッドに預けていた上体を跳ね上げ、扉の方を向いた。
その闖入者はシトリンの姉にして、ラヴァリン王国第二王女、アクア・ドゥ・サフィニア。
シトリンより二歳上の十七才。
長い金の髪に白い肌、紫水晶の瞳と、構成要素は妹と同じのはずなのだが、年の割に幼気なシトリンとは対照的に、妙に大人びた見た目をしており、身長も頭一つ高い。
そして、おっとりとして動じない言動も、大人びて見える要因なのだが、長く一緒に暮らす家族からしてみると、世間の評価と実際の人物は程遠いと断言できる。
その実は、単なる天然おとぼけ王女である。
しかし、何が起こっても美女が微笑を浮かべているという姿は、王家の者に相応しい余裕の表れに見えてしまうものだから、世間の皆様は勘違いをしてしまうのだ。
「お姉様、入る時はノックくらい____
「いいのいいの、私たち姉妹じゃない」
「はぁ………」
それはそうかもしれないが、その台詞を言うべきは部屋の主であるシトリンのはずで、アクアが勝手に決める事ではない。
しかし、この姉にそういう常識を説いた所で、まるで響かない事は分かりきっているので、諦めて受け入れるのが一番手っ取り早い。
アクアは優しい笑みを浮かべながらシトリンの側まで歩いてきて、隣に腰掛けた。
「シトリン、凄いわねぇ。竜神観光で国を救うって言い出した時は驚いたけど、こんなに短期間でここまで形にしてしまうなんて、流石シトリンね」
アクアは元よりシトリンの行動力を買っていて、自分よりよっぽどしっかり者だと思っているし、その認識は正しい。
だから掛け値なしに妹を褒めたのだが、褒められたシトリンはと言うと、今日の事もあって浮かない顔だ。
「褒めてくれるのは嬉しいけど、ちょうど問題にぶち当たった所なの。それも、みんなで知恵を出し合っても解決策が分からない大問題よ」
シトリンは再びため息を吐いて、上半身をベッドに預けて仰向けになった。
するとマリンは、ほんの少しだけ驚いた様子で、しかしいつもの微笑を崩さず質問を投げかける。
「あら?シトリンでも解決出来ない問題があるの?どんな大変な問題か、私にも聞かせてくれるかしら?」
シトリンは、アクアお姉様はいくらなんでも自分を買い被りすぎていると思いつつ、素直に説明する事にした。
アクアが言うと、本気で相談に乗ってくれそうな雰囲気になるが、実際は単なる興味本位で聞いてきただけで、話したから何という事も無いのだが、別に断る必要も無い。
********
「それは大変でしょうねえ」
マリンは、さして大変そうとも思っていないであろう、実に軽い調子で相槌を打った。
「本当にそう思ってるの?」
「全然?」
「……そうよね」
シトリンは姉妹だけあって、この姉が何を考えているのが、あるいは何も考えていないのか、大体は見当がつく。
アクアが、こんな風にとぼけた態度を取るのはいつもの事。本人は完全に天然でおとぼけをかましているのに、世の男性達はこれを『男を幻惑する手練手管だ』などと解釈して、警戒したり、魅力的に感じたりするらしい。
シトリンは、全く美人は得だなと、同じ両親から生まれた自分の美貌は棚に上げて思った。
「でも、私には解決策が思いついたわ。シトリンより先に思いつけるなんて、今日は私も冴えているわね」
アクアは実に自慢気に言ったのだが、シトリンはいつものようにハイハイと流しかけてから、姉の言葉を咀嚼し直して、目を見開いた。
「お姉様、今なんて言ったの?」
「今日は私も冴えているわね?」
「その前!」
「解決策が思いついたわ?」
「それ!教えてお姉様!」
シトリンは、烈火の勢いでアクアの両肩を掴んだ。
この時ばかりは、姉が天然おとぼけ体質だと言う事は考慮せず、どんな情報にでも縋りたい気分だったのだ。
シトリンの態度は、王家の者らしからぬ鬼気迫った物だが、アクアはまるで動じた様子も無く、にこやかに解決策を打ち明けた。
「城下町の近くに、お風呂を作っちゃえばいいのよ。それなら、湯浴み着を運ぶのも苦じゃないでしょ?そもそも裸にならなければ、用心棒を置いても嫌がる人も少ないんじゃないかしら?」
シトリンは、アクアがとんでもない事を言い出したような気がして一瞬固まったあと、それを実現するまでの道筋や、実現した後の事までを一気に脳内で片付けた。
確かに、その方法なら全ての問題を一度に片付けられるだろう。実現出来ればの話だが。
まず第一に、竜神様が居なくては始まらないのだから、山から下りてきてもらわなければならない。
その竜神様が浸かれる浴槽を作るとなると、それはかなりの大工事になるだろう。
その浴槽を満たすための湯を用意するとなると、温泉を引くにせよ、水を沸かすにせよ、これまた大工事だ。
その予算はどうするのか。温泉観光は、国の財政が逼迫しているから始めた事業なのだから、そんな予算がどこから出せようかという話だ。
そんな予算しかないから、ゴロツキじみた奴らを荷運びの衆に雇ったというのに。
(だけど………)
実現出来たのなら、様々な問題を一挙に解決出来るかもしれない。まだ見えていない問題が顕在した時も、わざわざ登山しなくて良い分対処しやすい事だろう。
「ありがとうお姉様。予算の問題もあるから、すぐに、とはいかないけど、実現したらとっても素敵な事になるはずよ」
こういう時は、堅実な思考を持っていない人間の方が、自由な発想をする物だ。とかく、アクアのようなタイプは、良い意味で型破りな発想をしてくれるから、こういう時には頼りになる。
色々足りない姉だが、シトリンの足りない部分を補ってくれる大切な家族なのだ。
「うふふ、お役に立てて良かったわ」
アクアは、いつもの様に優しく微笑んでいた。