テラーノベル
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姉妹ゲンカの翌日。私は、重い罪悪感に苛まれながら登校した。教室は静かで、誰も昨日の件について触れなかった。
(かぐやは、来るかな……来ない方が、私としては気が楽だけど……お姉ちゃんだし…謝った方がいいよね)
ホームルームが始まる直前、担任の先生が、静かに告げた。
「天野輝夜乃は、体調不良のため、本日は欠席だ」
その言葉を聞いた瞬間、私の心臓はドキンと跳ねた。
私のせいだ。
私が感情を爆発させたせいで、かぐやの完璧なバランスが崩れてしまったのだ。あんなに完璧で、ミスをしないかぐやが、病気で休むなんて、考えられなかった。
放課後。私は陽太と泉の心配をよそに、まっすぐ家に帰った。
「かぐや……入るよ」
私は、そっと妹の部屋のドアを開けた。
部屋の中は薄暗く、いつも几帳面に整理整頓されているかぐやの部屋の机の上には、飲みかけのコップと、途中まで開かれた専門書が雑然と置かれていた。ベッドでは、かぐやがぐったりと横になっていた。
「花千夢……なんで、ここにいるの」
かぐやの声は、いつもからは想像できないほど弱々しい。熱でかすれている。
「ごめんね、かぐや。…私が、昨日……ひどいこと言ったから……」
私は小さな声で謝罪した。
「違うよ」
「これは、ただの疲れ。貴女のせいじゃない」
かぐやは否定したが、彼女の額に触れると、驚くほどの熱があった。
いつも氷のように冷静沈着な妹の体が、熱に侵されている。
私は、震える手で熱冷ましのシートを貼り、水枕を用意した。
こんなこと、かぐやが健康な時は全部彼女がやってくれていた、病弱な私のためにずっと。私が誰かの看病をするなんて、生まれて初めてのことだった。
「ごめんね……本当にごめん」
私は何度も謝った。
「謝らないでよ、花千夢」
かぐやは閉じた目を開けずに言った。「貴女の言ったことは、半分は正しかったかもしれない」
「え?」
「私は、皆からの期待を裏切るのが怖かった。だから、完璧な『お姫様』のフリをしていた。貴女の言う通り、私には優越感があったのかもね。貴女の不器用さが、私をより完璧に見せていたから」
かぐやの告白は、私の胸を締め付けた。
「そんなの……ひどいよ。私、かぐやのことが、本当に、羨ましかったのに」
「知ってるよ」
かぐやは微かに微笑んだ。「貴女が私の真似をしていることくらい、気づいてた」
私は、水枕を交換しながら、かぐやの静かな寝顔を見つめた。
彼女は、いつも完璧な月として輝いていた。しかし、今、彼女は体力を失い、その光を失っている。
夜が更け、かぐやの熱は少しずつ下がってきた。
私は、彼女の枕元に座り、彼女の薄い毛布をかけ直した。
その時、かぐやが寝言のように、かすかな声で呟いた。
「花千夢は、すごい……。だって、あんなに皆に、囲まれて、笑えるから……自由で……いいな」
その言葉は、まるで月の裏側から聞こえてきた、誰にも知られていなかった孤独の囁きだった。
(囲まれて、笑える、いいな……?)
私が何よりも軽蔑していた、私の「賑やかさ」や「勢い」を、かぐやは「すごい、いいな」と言ったのだ。お姫様と呼ばれ、皆から尊敬されているかぐやが、私の、この「人気者」という才能を、羨んでいた?
私は、目の前にいる妹が、私が憧れていた完璧な月ではなく、ただの熱に浮かされた一人の女の子であることを知った。
その瞬間、私の中にあった、かぐやへの憧れと劣等感が、音を立てて崩れていくのを感じた。
かぐやは、私が思うほど冷たいお姫様なんかじゃなかった。
彼女もまた、私と同じように、誰かの光を熱心に観測していたのだ。
私は、彼女の部屋の薄暗い光の中で、姉妹の心の間にあった深い溝が、少しだけ埋まり始めているのを感じていた。
【第9話 終了】
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