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甘いチョコレートの香り。
爽やかなライムの香り。
微かな薔薇の香り。
そして あの人の、
薪は見覚えのある香りに思わず振り返った。だが、その振り返った先に居たのは見た事もない知らない男だった。
「青木、この資料をまとめておけ」
「承知しました!」
薪に指示を出された青木は第九に響く大きな声で返事をした。青木は資料をコピーしようと立ち上がった。すると
ふわり
青木から、第九に行く時に嗅いだことがある と思った香りがした。薪はやっぱり、と思った。
「青木」
「は、はい!」
薪に呼び止められた青木は少し緊張じみた返事をする。
「⋯香水をつけているのか?」
「⋯は、はい?」
青木は薪の口から香水、というワードが出たのが意外で思わず聞き返す。
「だから、香水をつけているのかと聞いているんだ」
「は、はい」
青木は少し困惑した様子で答える。
「なんで急に⋯」
「第九に来る前にすれ違った男性の香りでおまえを思い出したからだ」
「な、なるほど。⋯そんなに香水強いですか⋯?」
青木はそんなに印象強かったか、と心配になった。第九、という憧れの場所。しかも”ああいう”仕事をするところだ。できるだけ優しい、アロマ系の香りを選んだはずだった。青木は叱られた子犬みたいな、悲しそうな表情で薪に問いかけた。
「いや、そんなことはない。⋯いい香りだと思う」
薪は滅多に人を褒めない。あの薪が。そう思うと青木は嬉しくなった。
一方で実は、薪は香水というものが元々あまり得意ではなかった。きっかけは大学時代。鈴木に誘われて(半ば強制で)行ったコンパで、鈴木にベタベタくっついていた女がやけに香水臭かったのだ。甘ったるい、嫌に鼻につく匂い。 だがその女とは違い青木の香水は優しい、癒される匂いだった。 鈴木も、青木みたいな香水をつけていたな、と薪は大学時代の鈴木との思い出を思い出し頬が緩んだ。薪は初めて香水に興味を持った。
「これはウッディ系の香水で、 流石に仕事場なので優しめのを選んでいるんです」
青木が香水について説明をする。
「ウッディ⋯?」
薪は初めて聞いた、というように言葉を繰り返した。
「はい! ⋯良かったら今度おすすめの香水紹介しましょうか?」
青木は薪に提案をする。
「⋯ああ、予定を空けれたらな」
薪は冷静に言ったものの内心気分が上がっていた。それは香水を紹介してくれるからか、もしくは他に要因があるかは分からなかった。
「引き止めてすまなかった 仕事を進めよう」
「はい!」
またもや青木はどこから声が出ているんだ、というほど大きな声で返事を返した。青木も、薪と同じように気分が上がっていた。
「あと10分⋯」
青木が呟く。昼下がりの土曜日。青木は薪の予定が空いている日に合わせ予定を立てた。集合時間は12時30分。青木は楽しみで10分前に来ていたのだ。ベンチに座り、時計を見る。
(薪さんの私服かぁ⋯)
青木は想像する。そう、実は1回だけ薪の私服を見たことがあったのだ。パーカーにピーコートというラフな格好。思い出しながらぼうっとしていると、上から声が降ってきた。
「青木」
「⋯薪さん!」
そこにはピーコートに黒ズボン姿の薪がたっていた。前とはほぼ変わらない姿だった。
(まぁ、そうだよな⋯)
青木は薪の違った雰囲気も見たかった⋯と少し残念にしながらも薪が自分と同じように予定より早く来てくれたことを嬉しく思った。薪は室長という立場で忙しい。あまり時間は取っていられないのだ。
「さあ薪さん急ぎましょう!」
「そんなに急がなくてもいい」
「ダメですよ 薪さんの貴重な時間なので!」
青木はそう言うとすっとベンチから離れ、青木が愛用している香水の店へと向かった。やはり青木からは優しい、癒される香りがした。