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学校の中はひっそりとしていた。寒くも温かくもなく、物音ひとつ聞こえてはこなかった。
ただわたしとユキの摺り歩くような足音だけが、辺りに静かにこだましている。
でもそれは昨日見た夢と全く同じで、いつどこから楸先輩の姿をした夢魔が現れるか、恐ろしくて仕方がなかった。
楸先輩の夢と繋がったのは、これで都合三度目だ。
一度目は楸先輩に(恐らく)意図的に夢の中へと誘われて、二度目の昨日はわけも判らないまま再び楸先輩の夢と繋がり、夏希先輩と一緒に夢魔に追われた。
そして、三度目――今度は何故か、ユキも一緒に。
ひとりでこんなところを彷徨い歩くのはゴメンだけれど、だからと言って、自ら好き好んでこんなところに来たいとも思わなかった。
わたしたちは無言のまま階段を下りて一階へと向かい、そのまま脱靴場へと足をやった。
靴箱にはわたしたちの靴はおろか、誰の靴や上靴も見当たらなくて。
わたしたちは構わず上靴のまま、外へと続く扉に手をやった。
――がちゃり。
「鍵、かかってるね」
ユキが口にして、わたしはそっとその鍵に指を向けた。そのまま小さく呪文を唱えて、鍵をはずそうと試みる。けれど、そもそも鍵なんて掛かってはいなかった。最初に楸先輩の夢と繋がった時と同じ。試しにわたしもガチャガチャと扉を押したり引いたりしてみたけれど、やっぱり開く気配はしなかった。
「……どうしよう」
思わずつぶやくと、ユキは、
「あっちの三年生の脱靴場は? 行ってみようよ」
「うん」
頷き、わたしたちは再び廊下を歩き始める。
真っ暗な廊下の先は完全に闇に閉ざされてまるで見えず、それでもわたしたちは手を固く繋いだまま、絶対に離れ離れにならないように、一歩一歩、ゆっくりと、歩みを進めていった。
やがてぼんやりと見えてきた緑色の光は、恐らく非常口を現すプレートのものだろう。
ようやく見えてきた廊下の果てで、夢魔に会わなかったことにわたしは内心安堵する。
そのすぐ脇には三年生用の脱靴場があって、わたしたちはそちらの方へ身体を向けた。
そのまま出入り口の扉へ歩み寄り、手をかけて――がちゃり。やっぱり開かない。
「ねぇ、これ、鍵開けられないかな」
腰を屈めて、鍵穴を覗き込むユキ。
「――あれ? 鍵、閉まってないじゃん」
そう、この扉も鍵なんて掛かっていなかった。
なんとなく解っていたけれど、やはりわたしたちは、楸先輩の夢の中に閉じ込められてしまっているのだ。
その事実が疑いようのないものとなって、わたしは恐怖のあまり、その場にぺたりと座り込んでしまったのだった。
「アオイ、大丈夫?」
ユキに声を掛けられたけれど、わたしはどう答えれば良いのか判らなかった。
恐らく、この夢の中に、あの夢魔が潜んでいる。
そしてわたしを見つけ出して、わたしの魔力を奪い取って――
「いや、いやだ……いやだよぉ!」
わたしは泣きながら、ユキの身体をぎゅっと強く抱きしめた。
「ちょ、ちょっと、アオイ?」
ユキはそんなわたしに驚きながら、やはり眼に涙を浮かべつつ、
「だ、大丈夫、大丈夫だから、ね? そんな、泣かないでよ。私まで泣きたくなるじゃない。アオイ……!」
そう口にした先から、ユキも大粒の涙を流し始めた。
何がどうなっているのか、どうしてこうなったのか、アリスさんのおまじないの効果もなく、こうしてまた楸先輩の夢の中に連れ込まれたのは何故なのか、理不尽な現実に、ふたり抱き合い泣き続けて。
そこにあるのは絶望だった。
もう、ここから生きては出られない、そんな漠然とした恐怖だけがそこにはあった。
ユキもそれが解っているのか、いないのか、ただただわたしたちは泣き続けて――
「……だ、大丈夫ですか?」
突然すぐ近くから声がして、わたしたちはふたりして「きゃあぁっ!」と大きな叫び声を上げていた。
その声の主も、わたしたちの叫び声に思わず飛び退りながら、
「す、すみません。安心してください、何もしませんから……」
優しげな声でそう答えたその人物に目を向けて、わたしたちは大きく目を見張り、驚愕した。
何故ならそこに立っていたのは。
「――えっと、鐘撞さんですよね? 鐘撞葵さん」
心配そうな表情でわたしたちを見下ろす、楸真帆、その人だったのだ。