「ゆずちゃん。でんしゃ神社、いってみようよ」
10歳の男の子が、小さな拳を震わせて、俯く女の子に言った。
優月は眠ったまま動かない兄の横で、丸椅子に座り涙をこられて俯いていた顔を上げた。
「でんしゃ神社って、あの?電車の横にあった神社?」
「うん。ぼくインターネットで調べたんだ。幽霊に呪われたら、神社にいってオハライしたらわるいことがなくなるんだ」
男の子の目は決意に満ちていた。
「それでね、電車の女の人も調べたんだ。女の人を見たっていう人が何人もいたよ。その人の中にね、でんしゃ神社で昔オハライしたアクリョウが電車の線路が作られたときに、出てきて悪さしてるんだって言ってたんだ。」
優月は、もう俯いていなかった。
その目に希望の光が差し込んだ。
「だから、でんしゃ神社にいって、アクリョウをオハライしてもらったら、お兄ちゃん元気になるんだ」
優月は、立ち上がった。
20cmも背の低い年下の幼馴染の手を握り、力強く頷いた。
「行こう。悟くん。」
二人は、優月の母親の運転する車に揺られ、でんしゃ神社へと向かった。
『澱捨神社』と書かれた社標の前で二人は立ち止まる。
「お母さん」
優月が母親を振り返る。
「 これ、なんて読むの?」
「でんしゃじんじゃって読むのよ。あなたたちが行きたいって言ってた神社はここよ」
二人は、大きな石の鳥居を見あげた。
ところどころ、苔の緑が付着して、台石は少しひび割れていた。
鳥居の向こうはクスノキやケヤキといった木々で鬱蒼と茂り、日中にもかかわらず、参道は薄暗かった。
「お母さん、ありがとう。」
優月が振り返ると、母親は優しく微笑んで頷いた。
「知らない人についていかないこと。何かあったらすぐに電話してちょうだい。悟くんも、優月から離れちゃだめよ?」
「うん」
優月と悟の声が重なった。
「じゃあ、母さん遠野おじさんのところに行ってくるけど。1時間くらいで戻るからね」
母親が心配そうな眼差しを残し去ると、二人は手をつないで鳥居をくぐった。
繋がれた手は二つとも、冷たくじっとりと汗ばんでいた。
二人の子供の目には恐怖が浮かんでいたが、それでも、小さな足どりは止まることはなかった。
長く薄暗い参道に、じゃりじゃりと石の擦り合う音が響く。
悟がゴクリと喉を鳴らした。
優月がぎゅっと悟の手を握りしめた。
二人は前へと歩を進めた。
二人にとってものすごく長い時間を経て、参道を抜けた。
右手に手水があった。
ぽたり、と鬼の首をかたどった蛇口から水滴が落ちた。
―鬼がヨダレ垂らしてる。
優月は不意にそう感じた。
―鬼がいたらどうしよう。
不安が押し寄せ、優月の足が震えた。
二人の先には、大きな二本のクスノキが両側に生え、道幅が狭くなっていた。
大きな根が張り出し、道はでこぼこで、砂利は根っこによって道の舗装を保てなくなっていた。
「ゆずちゃん」
悟が優月の手を引っ張った。
優月はその幼い目の中に、恐怖と同時に力強い決意を見てとった。
優月は目を閉じて深呼吸する。
足の震えが少しだけ止まった。
「いこう。」
優月は悟の手を引いて、二本のクスノキの根をまたいだ。
木造の社殿は、古かった、屋根には小さな木が生え、柱には苔がまとわりついていた。
賽銭箱は底にヒビが入って割れていた。
鈴緒は色が抜け落ちてくすんだ白色になり、カビが生えていた。
おまけに優月の頭の上ほどの場所で切れていた。
二人は社殿の前に立ち、それぞれポケットから50円玉を取り出した。
賽銭箱の前の腐って落ちた床板の横、かろうじてまだ崩れていない数少ない場所に賽銭を置くと、優月は手を伸ばして、鈴緒の端をつまんだ。
つまんだ鈴緒を大きく揺らすと、ガラン…ガラン…と大きな音が神社に響き渡った。
二人は二回お辞儀をして、二回拍手をした。
手を合わせ、ぎゅっと目を閉じ、必死に願いを想う。
先に目を開けたのは優月だった。
隣の小さな手で必死に祈る幼馴染に、優月は口元を緩めた。
微笑みを称えたようでいて、今にも泣き出しそうなその顔には疲労が滲んでいた。
悟が目を開けると、二人は社殿の左隣にある授与所に足を向けた。
授与所のガラスは割れ、カーテンは黄ばみ、破れていた。
とても人がいるとは思えなかった。
「誰かいるかな?」
悟が不安そうに呟いた。
優月もまた不安そうな目で授与所を見つめた。
授与所まで10mのところで、二人の足は自然と止まった。
悟の目も決意より恐怖のほうが色濃くなってきた。
その時だった。
二人の背後で突然砂利を踏む大きな音が聞こえた。
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