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MOMO🩲
ひな
104
けだま15号🍓🐾໊
6,356
夕鳴
128
世界が。
静かになった。
風もない。
川も。
花も。
何一つ揺れない。
空だけが。
裂けている。
黒い亀裂。
その向こうから。
巨大な何かが。
こちらを覗いている。
『呼べ』
声が響く。
低く。
遠く。
どこから聞こえているのかも分からない。
『思い出せ』
『全部』
佐衛門は。
目を閉じる。
何も見ない。
何も聞かない。
ただ。
胸の奥に残ったものだけを。
探す。
雪。
花。
木の剣。
小さな手。
泣いている少女。
笑う少女。
そして。
約束。
――忘れて。
――覚えていて。
矛盾した言葉が。
胸の中で重なる。
佐衛門は。
ゆっくり息を吐いた。
その手が。
胸元へ伸びる。
何もない。
そこには。
何もないはずなのに。
確かに。
何かを握っているようだった。
「……悪い」
佐衛門が。
呟く。
声は。
僅かに震えていた。
「遅くなった」
風が。
一度だけ吹いた。
花びらが。
足元を転がる。
桔梗。
そして。
菫。
その二つが。
佐衛門の足元で触れ合った。
封印札が。
光った。
強く。
目を開けていられないほどに。
佐衛門は。
顔を上げる。
空を。
見ない。
ただ。
目の前にある花を見た。
そして。
その名前を。
口にした。
誰にも聞こえない声で。
静かに。
確かに。
呼んだ。
その瞬間。
世界が。
白く染まった。
音が消える。
川も。
空も。
岸も。
何もかも。
白い光の中へ溶けていく。
旅僧は。
何かを叫んだ。
だが。
自分の声すら聞こえない。
ただ。
一つだけ。
聞こえた。
『……おかえり』
懐かしい声。
佐衛門の目が。
僅かに開く。
白い世界の中。
一人の少女が立っている。
黒髪。
白い着物。
あの日と。
同じ姿。
少女は。
笑っていた。
泣きながら。
そして。
ゆっくり。
頭を下げた。
『ずっと』
一言。
『待ってた』
その姿が。
花びらへ変わっていく。
一枚。
また一枚。
光の中へ溶けていく。
佐衛門は。
手を伸ばした。
だが。
今度は。
追わなかった。
ただ。
静かに見送った。
「……そうか」
それだけだった。
花びらが。
空へ舞い上がる。
そして。
裂けた空へ。
一枚ずつ。
吸い込まれていく。
黒い亀裂が。
ゆっくりと。
狭くなっていく。
封印札が。
燃えた。
炎にはならない。
灰にもならない。
白い光になって。
夜空へ消えていく。
第二十四封印が。
目を覚ました。
その瞬間。
川の向こうで。
何かが。
動いた。
ゆっくりと。
あまりにもゆっくりと。
長い眠りから。
身体を起こすように。
空の向こうで。
巨大な影が。
僅かに持ち上がる。
月が。
その輪郭に飲み込まれる。
そして。
声がした。
『……ようやく』
今までとは。
何かが違っていた。
怒りではない。
喜びでもない。
ただ。
眠っていた者が。
目を覚ました。
そんな声だった。
『思い出した』
川面が。
一度だけ。
大きく揺れた。
誰も。
動けなかった。
佐衛門だけが。
空を見上げている。
涙は。
もう流れていなかった。
その顔に。
恐怖はない。
悲しみも。
迷いもない。
ただ。
何かを思い出した人間の顔をしていた。
そして。
佐衛門は。
小さく。
息を吐いた。
「……約束したからな」
その言葉に。
お師さんが。
静かに目を閉じた。
鐘撞きも。
墓守も。
何も言わない。
渡守だけが。
川の向こうを見ていた。
その顔から。
血の気が引いていく。
「……違う」
小さな声。
誰にも聞こえないほど。
「封印だけじゃない」
空の亀裂が。
完全には消えていなかった。
その隙間から。
何かが。
こちらを見ている。
そして。
今度は。
こちら側から。
声がした。
『おかえり』
コメント
1件
読ませていただきました……「おかえり」の一言が、もうずっと胸に残ってます。桔梗と菫が触れ合う描写、あそこが本当に美しくて。佐衛門が涙を流さずに空を見上げている姿に、過去を受け入れた強さを感じました。次が気になります。