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魔王城最上階。
全身を切りつけられ、無惨にも亡くなった遺体が何個も転がる中、剣を構えた少年と、玉座に居座る男が、見つめ合っていた。
「⋯⋯ッ魔王!」
「──なんだ?俺も暇ではない。仲間を殺されているんだ」
血反吐を吐く少年と、魔王と呼ばれた男の差はパッと見でも分かる。
「⋯⋯人間だろうが人間じゃなかろうが、油断する時は一緒だ!」
「は─────」
首から下の感覚が無くなり、今まで下に見てた人物が目の前から消え、自分の上を舞っていた屈辱感が残っ───。
┈┈┈┈
草原のど真ん中、意識が覚醒し、自然の匂いが鼻の奥を刺激する。
すぐに彼女は草原にいるのだと理解して飛び起きる。
「──こりゃまたべっぴんさんがいたものじゃのお。ほれそこのべっぴんさん、ちょいとうちの村に来なされ」
辺りを見渡そうと目を擦ると、シワだらけのおじいさんがキョトンと細い目を凝らしてこちらを見ていた。
「⋯ぁ、は?」
「は?じゃなかろう。紫髪の髪と言い、魔王じゃあるまいな」
「いや、え?」
「冗談じゃよ、ともあれ帽子はあった方がよい」
このおじいさんの言う通り、今の彼─、彼女は腰まで伸びた長い紫色の髪に華奢な体、グレーのパーカーと、先程までの記憶と髪色以外が矛盾する。
「俺⋯魔王、だったよな?」
「べっぴんさんも冗談か!こりゃ1本取られたのぅ」
何で1本とったのか分からないのはさておき、記憶の重複点が大きすぎる。
そして、生き物は脳の処理上限を超えたら─、
「ぅ───無理だ⋯これ」
意識が遠のき、世界が反転する。
徐々に視界がフェードアウトしていき、おじいさんの「べっぴんさん?!」と言う心配する声を境に、意識が途絶えた。
┈┈┈┈
次に目が覚めた場所て一番最初に目に入ったのは見知らぬ木製の天井。
暖かい感覚と全てを包み込む柔らかさが全身を支配し、力が抜けていく。
「⋯⋯⋯ここ、どこ…」
今なら整理出来る気がする。
まず勇者と戦い、敗れる。死んだと思ったが目が覚めた場所は草原で、自分の見た目が変わった。
次に考えすぎで気を失い、今居るのがモフモフの場所、記憶が正しければ、この感覚はお布団に似ている。
「⋯⋯なぜ?理由はいらない。そういう事実があるというだけで十分だ」
とりあえず、この場所を特定しないことには話が進まない。
彼女は恐る恐る布団から起き上がり、野獣のように四足歩行で歩き回る。
「─────ん」
しばらく歩き続けていると、天井に通じるハシゴを発見した。
立ち上がり服のホコリを落としてから軋むハシゴに手をかけた。
登る意味?それは彼女にも分からず、ただ、そこに引き寄せられている気がしたのだ。
足を上げ、踏み外さないように1歩1歩丁寧に登る。
木の戸を開き、屋根裏部屋のような場所を、またまた四つん這いになって頭をぶつけないように探索する。
「──えぐッ⋯、げほっ」
途中、木の粉が降ってきて嘔吐しそうになるまで咳き込んだが、その探索は順調に進んで行った。
だがしかし、順調に進んだ探索も、そう簡単に進むはずもなく──、
「む、虫───ッ」
ダンゴムシに大量の足と天使の羽根をつけた正直死ぬほど気持ち悪い悪魔、その見た目と人間を見つけたらすぐに飛びかかってくる習性から『テントビ』などと呼ばれている。
彼女はその虫が昔から苦手で、見つけた瞬間に音速でどこかに走り去ってしまうほど。
「やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!来るな───!」
飛びついてこようとする『テントビ』に追いつかれないように必死に出口を探し回る。
やっと光明が見出されたところで、彼女は前から迫り来る何かにぶつかった。
それでも後ろからやってくる羽音が耳に入ってきて、止まることを辞めない。「ちょま──ッ」と悲鳴をあげる何かを巻き添えに、出口まで突っ走る。
彼女と何かは一緒になって出口から転がり落ちてしまった。
「⋯クソッ、見失った」
「クソッ⋯じゃないき?!なんやけぇ?!」
「ちょうどいい所に⋯!」
「なにき───ぅあッ?!」
彼女は何か──否、黒髪の青年の首根っこを掴み盾に替え、その場で戦闘態勢を取った。
「やめんけ?!やめんけ?!あれき?『テントビ』撃破しようとしちょるけ?!」
「うるさい!今は協力していこう」
「協力もなにも、この状況で信用出来るわけなか!とりあえず離せ!」
今は暴れる盾より優先すべき悪魔がいる。
この戦争は、命を懸けたロワイヤルなのだ。
「─────ッ!」
彼女は後ろから聞こえた羽音に急いで振り返り、盾を構える。
「いや────ッ?!ちょ、まちぃ!平和に行こけ!平和に!」
「戦闘能力は俺の方が上だッ!」
「は─────ッ?!」
暴れる盾を振り回し次々やってくる『テントビ』の攻撃を凌ぐ。
盾を通じて伝わる振動と悲鳴、それを力に勢い良く足を振る。
その衝撃に床と『テントビ』が無惨な姿に砕け散った。
「よし、俺達なかなかいい仲間なのではないか?」
「なにけ?急に首根っこ掴んで大嫌いな虫の猛攻に耐え、今にも殴りたい気持ちはいい仲間に芽生えたものと言いたいけ?」
「⋯⋯⋯う、あぁ、それはすまなかったが、逃げ続けるよりいいだろ?」
「軽くトラウマじゃい!」
親指を上に立てる彼女とは裏腹に、黒髪の何かは親指を下に立てて怒鳴った。
「⋯⋯なにはともあれ、おいはシドけ、覚えてけや」
「はいはい、シドな、フルネームは?」
「わがまま…。おいはシド=アルグランドけ」
「ありがとけーありがとけー、そのけーってのはなんだよ」
「⋯⋯親父の手紙に書いてたけ、勝手に解読し勝手に使っちゅう」
「老けて見えるぞ」
「ふざけんな」
幾多の質問攻めに、シド=アルグランドは眉を歪めながらもキッチリと答えてくれる。
そして語尾に付く『〇〇け』、これのせいで14才そこらに見える彼の年齢が、グッと引き上がってしまっている。
まぁどんな理由にせよ、語尾まで侵害する権利は彼女にはないのだが。
「──ぁ、なんじゃこの有様は!シド、また貴様か!」
「⋯なにけ!今回はこの紫色の奴が!」
「言い訳なんぞするでない!少しは弟を見習ったらどうだ!」
「また!いつもいつも弟やら父さんやらうるさいけ!」
シドが立ち上がり、記憶の矛盾ができてから一番最初に出会ったおじいさんと口論を始めた。
止める筋合いはない。
『テントビ』と戦った時うるさかったからだ。
「⋯⋯にしても、この喧嘩はつまらんな」
彼女は胡座をかいておじいさんとシドの喧嘩の行く末を見守る。
だがその喧嘩はやれ「ばか」だのやれ「アホ」だの、見てて面白いとは言えなかった。
「⋯クソジジイ!おいはシドけ!周りと比べるな!”シド”として見ろけ!」
「⋯⋯もうよい!見苦しいわい、シードのところに帰っていろ」
「死ね!このクソジジイ!」
「ワシは長生きする家系じゃい!」
口を尖らせ、胡座をかきながら揺れる紫髪の彼女なんて放ったらかしにして、2人は喧嘩を続けた。
彼女から見て最終的には、シドが口論で勝ったのだが、権力の差で敗北、中指を立ててドアを乱暴に開けて去って行った。
「──お見苦しいところをお見せしてしまいましたのぅ、べっぴんさんは旅人かい?」
「あぁ、まぁ旅人だな。剣がなくて困ってるごく普通の旅人だ」
『元魔王』この小さな小さな事実だけ隠せば、彼女は魔王と特徴が一致しているだけの一般人になれる。
迷うことなく普通の旅人と答え、あわよくば剣を貰おうとチャレンジしてみることにした。
「⋯この国には剣はないのか?あるならボロくてもいいから貰いたい」
「んーむ、ここには勇者の剣しか置いていないのぅ、5ヶ月後の祭りで買うか、どちらにせよ可能性は低い」
「⋯勇者の剣?少し案内しては貰えないか?」
「えぇもちろんですとも」
彼女は祭りについては放ったらかしで、1番早く、少しでも確率がある勇者の剣に耳を傾けた。
「では、行きますか」
「え、あ、もうか?」
「今でなくていつ行くのですか?」
「それもそうか」
立ち上がるおじいさんに混乱しながらも彼女は立ち上がり、石に刺さっているゴツゴツしたかっこいい剣を振る自分を想像する。
魔王時代では全く想像も出来なかったことだ。
「おじいさん!勇者の剣ってどんな…?」
「⋯⋯ん、それはそれはかっこいい剣じゃよ、毎年100を超える人が挑戦しとるんじゃが誰もピクリとも動かせなんだ」
彼女の勇者の剣を振る自分の想像は捗るばかりだ。
そもそも、魔王である彼女が勇者の剣を抜けるのかなんて問題を忘れて、彼女は勇者の剣の想像を続ける。
男──、漢ならば誰でも憧れるであろう勇者の剣、それは元魔王で元漢である彼女も一緒だ。
「ほれ、着いたぞい」
妄想しながら歩けば勇者の剣にはすぐに到着した。
「さて──どんなものかな」
顔を上げた彼女はそれはそれは絶望した。
勇者の剣、ではなく魔王の実験台となった可哀想なそこら辺の木の棒、もっとも今はゴツくて鎖を巻かれて紫主体で、禍々しい空気を纏っている強そうな大剣。
これを簡単に説明するならこうだ。
木の棒に魔王の魔力の半分を流れ込ませたら何になるのかの実験中、暴走したら危ないからと執事のセル…セルリ…。
執事のセバスチャンに言われて鎖を巻いた姿がこれだ。
決してセバスチャンの名前を忘れた訳ではない。
道端に捨てたはずなのだが、こんな所で合流するとは夢にも思わなかった。
「⋯⋯⋯あー、これが勇者の剣?」
「そうじゃ」
「手違いではなく?」
「勇者の剣じゃ」
「なんでだよ⋯」
「なんでもじゃ」
頭の中の自分が崩れ落ちる。
黄金に輝く勇者の剣?そんな物はどこにもない。
あるのは真反対である紫主体、魔王の木の棒のみだ。
「ほれ、べっぴんさん挑戦してみぃ、野次馬達が集まってきておる」
勇者の剣を持つ自分の想像の欠片を必死に拾い集める彼女の肩をポンと叩き建物の影に隠れる人々を指指した。
「本当ですね、気が付かなかった」
「緊張しておるのじゃろう、大丈夫じゃ、この剣は抜けんとみんな期待しておらん」
「そうですよね───」
おじいさんの笑顔に背中を押されて、その手で剣を握った。
そして一気に持ち上げるとその剣先が綺麗に空に向いていた。
おじいさんは「へ」と声を漏らし、建物の影に居た人間もゾロゾロと出てきて、彼女の手にある剣を何回も目を擦りなおして眺める。
「⋯⋯勇者誕生じゃ───!」
「これ抜けた判定なのかよ?!」
おじいさんが剣を持つ腕をガシッと掴み、呆然とする村人達を見た。
元はと言えばこの剣は魔王の物だから彼女が剣を動かせるのは当然と言えばそれで片付けられる。
「⋯⋯勇者様、お名前教えてくださいませ」
「名前か…」
そのまま魔王の名前名乗ってもいいのだが、それは良くないだろう。
よって今取るべき行動は──、
「─ラプデ、魔王を倒す旅に出る!」
とある人物から授かった大切な名前を、今名乗ろう。
彼女──、ラプデは剣を一振り、呆然とする村人達の髪をなびかせて微笑んだ。
とか言っても、魔王はラプデだし、もうこの世に魔王はいないのだが。
「⋯⋯勇者ラプデ万歳!」
魔王ラプデだ。
「─勇者ラプデ!」
魔王ラプデだ。
「頑張ってくれよ、勇者ラプデ!」
魔王ラプデだ。
「今日はお祭りですな、勇者ラプデ誕生祭」
今日はお祭りか。魔王ラプデ転生祭。
ひょんな事から魔王の剣を持ち上げて、存在しない魔王を倒す旅に出ることになった。