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リヤカーで来た人たちは着物姿に煤汚れが見受けられ、汗だくの表情。ツンと焦げ臭い匂いがした。扉から出て来た中年女性は訳が分からないといった、困惑をありありと顔に浮かべていた。
「まずは怪我人の確認を……!」
はぁっと大きく深呼吸してからリヤカーの中を覗き込むと、そこには泣いている女性の膝の上でぐったりとした、小学生ぐらいの少年が横たわっていた。
すぐにこの少年がどのような状況で、怪我をしたのかリヤカーの中にいる女性に状況を尋ねた。
女性はまだポカンとしていたが、私が母親かと尋ねたらその瞳に冷静さが戻って来て早口で状況を教えてくれた。
やはりこの少年は火事に遭遇していた。
出火場所は飲食店。時間にして三十分から四十分程前の出来事。
出火場所近くの道を家族で歩いていたら、ボンッという音と共に火の手があがり、この少年はその火の粉を足に多く被ってしまったらしい。
そして少年は倒れた際に、頭に何かをぶつけて気を失ったそうだ。
周りは大混乱だったと、震えながら話してくれた。私はその母親の震える手をぎゅっと握った。
「経緯の説明ありがとうございます。状況はわかりました。この少年は十歳。名前は藤吉君。リヤカーを引いて来た人たちは父親と、もう一人は貴方の弟さんですね?」
こくこくと頷き、この少年の身内関係も把握した。
何事も情報を正しく把握、整理しなければ、最善の治療は出来ない。
私はすぐにリヤカーの後方にまわり、リヤカーの中に乗り込んだ。ビリッとドレスのレースが破れる音がしたが、気にしない。少年のそばに寄るとギシッと言う音が響いた。
「傷病者は十代男性。意識混濁。前頭部左側に裂傷あり、現場にて手ぬぐいで圧迫止血。右下腿部に約十五センチ幅の熱傷を確認、水疱形成あり」
母親から、タスキを借りてヒラヒラの袖をたすき掛けにして留めた。
そして、すかさずに少年の心音、脈拍確認、頭の傷口も確認していくと視界の端で、ずっと見守っていた中年女性が「わ、私はもう帰りますよ」と、この現場から離れようとしたので、リヤカーの上から引き留めた。
「だめっ。帰らないで下さいっ! この少年は頭を打ってどうやら脳震盪を起こしているだけで、脈拍心音共に正常、助かる命です!」
「でも、私には関係が──」
ないとは言わせない。
私は素早く自分の髪に手を伸ばして、ばっと真珠の飾りを乱暴に剥ぎ取り、中年女性の前に差し出した。
「これを差し上げます。本物の真珠です」
私の身に付けている装飾品は私の所有物ではない。
あとで蒼波様にちゃんと謝ろうと思った。
「真珠……」
薄暗がりでも輝く真珠の光沢に、中年女性はごくっと明らかに、眼の色を変えて真珠を見た。
「良ければ、この耳飾りもどうぞ! だから、この眼科の中に少年を運ばせて下さい。このガス灯のもとでは明かりが心元ありません。熱傷を治療するには清潔な水とガーゼが必要です。お願いです、中で治療をさせて!」
私の声に反応するように、藤吉君の身内の方達は中年女性にガバッと頭を下げた。
この少年の命には別状がないだろう。
しかし、火傷は適切な治療をしないと感染症を引き起こす。
そうなったら、最悪この少年の足は切断する場合だってある。そんな運命は残酷すぎる。
中年女性は私達の迫力に押されたのか一歩後ろに下がり、実に居心地が悪そうに真珠と今、出て来た扉を交互に見つめて「私の判断では、ちょっと」と、まごついていた。
その気持ちもわからなくはないが、今は他の場所に行く時間が惜しい。
眼科とはいえ病院だ。治療に使用できる、最低限のものは目の前には揃っているはずなのに、すぐに手が出せなくて奥歯を強く噛み締めたとき。
「その交渉は|elegant《エレガント》じゃないね」
──と、澄んだ声がした。
コメント
1件
うわっ…第25話、めちゃくちゃ熱かったです🔥 主人公がドレス破れるのも気にせずリヤカーに飛び乗って、真珠の飾りまで差し出して治療の場を確保しようとする姿勢、かっこよすぎました…。自分の見た目より目の前の命を優先するって、本当に強い人だなって思います。 最後の「その交渉はエレガントじゃないね」っていう声、誰だろう…!続きが気になりすぎます🌙