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「私ね、幼い頃に両親が亡くなって、引き取り手も居なかったから施設で育ったの。施設を出たのは高校卒業と同時で、卒業後は社員寮のある会社に入社したの。あの人、悠真の父親と出逢ったのは、十九歳の頃だったかな――」
真彩は幼い頃に両親を交通事故で亡くし、親族も居なかった事から引き取り手もなく施設で暮らしていた。
奨学金制度を使って大学へ通う人も居るが、大抵高校卒業と同時に就職をして施設を出るというのが真彩の育った施設での暗黙の了解になっていて、真彩自身も早く社会人になりたかった事から就職をして施設を出た。
そこから暫くは仕事に追われつつも充実した日々を送っていた真彩だったのだが、新たにやって来た上司から執拗なアプローチをされ始め、それを断り続けた彼女は入社一年が経った頃から社内で嫌がらせを受けるようになっていた。
「彼は、アマチュアのシンガーソングライターだったの。職場で嫌がらせをされて、だんだん全てが嫌になってて、寮にも居たくなくてよく街をふらついていた頃に、路上で歌ってるのを何となく眺めてたのが話すきっかけだった」
出逢いは街中の一角で、シンガーソングライターだった彼の歌を聞いていた事が二人の始まりだった。
彼の名は檜垣 惇也。そこから度々話をするようになり、真彩が職場で嫌がらせを受けて苦しんでいる事を知ると、仕事を辞めて自分のアパートで暮らしながら新しい仕事を見つければいいと提案した。
「勿論、最初は断った。いくらなんでも、話すだけの関係の私が彼の部屋に転がり込む訳にはいかないから。でもね、嫌がらせがエスカレートして、命の危険を感じる出来事があって、それを知った彼が半ば強引に私を会社から引き離したの。間に入ってくれて、何とか辞める事も出来た。結局行く宛の無かった私は彼のアパートでお世話になる事になって、それがきっかけで私たちは付き合う事になったの」
「それだけ聞くと、その人、スゲー良い奴じゃないっスか?」
「そうね、ここまでの話だけなら彼は私の恩人だし、良い人だわ。でもね、これには続きがあるの」
二人が付き合い同棲を始めてから数ヶ月後、惇也に転機が訪れた。路上で歌っていた時に大手事務所の関係者から声を掛けられ、スカウトされたのだ。
「応援してたし嬉しかったけど……デビューを控えた矢先、彼は事故に遭って重症を負った。それからよ、彼が変わってしまったのは……」
惇也は交通事故が原因で喉と腕を壊し、日常生活には差程支障は無かったものの、思うように出なくなった声、ギターを弾く事が少々難しくなった腕ではミュージシャンとしてやっていく事は困難になってしまったのだ。
「初めは仕方がないと思った。色々な事が一気にあって落ち込むのも分かるし、自暴自棄にもなるって」
夢を諦める事になった惇也は荒んでしまい、仕事もせずに遊び歩くようになった。
それでも、恩のある真彩は彼を見捨てる事なく尽くしたけれど、惇也はそんな真彩の事さえ疎ましく思うようになっていた。
「同棲してたし付き合っていた訳だから、勿論身体の関係もあった。事故に遭って変わってしまってからは、殆ど無理矢理に近い感じだったけどね。それでも、支えてあげたいって思ってたんだけど、あの人は私以上に好きな人が出来たみたいで、ある日突然別れを切り出された。もう二度と顔を見たくない、疫病神だって言われたわ」
「それは、酷過ぎるっスよ……。事故に遭ったのは姉さんのせいじゃないのに……」
「そうね。私も思ってたよ。酷いって。でも色々な事が有りすぎて、何かのせいにしなきゃ心を保てなかったんだと思う。だけど、そうじゃ無かった。新しい相手はお金持ちのお嬢様らしくて、働かずに遊んで暮らすにはその子と付き合う方が得だと考えて私を振ったんだって」
「そんなのって……」
「まぁでも、そこまで言われたら流石の私も目が覚めたわ。いくら恩があるって言っても尽くす義理も無いって。今思えば私、そんなに愛されてなかったのかもね。同棲だって付き合ったのだって成り行きみたいなものだったし……。それで、惇也の元を去ってから暫くして……妊娠してる事に気づいたの。初めは、堕ろそうって思った。一人じゃやっていけないし、何より……あの人との子供を育てる自信なんて、無かったから」
「……けど、それをしなかったんスね」
「出来なかったの。少しずつ育っていって懸命に生きようとしてるって思ったら、出来なくなった。それに、この子に罪は無いって。だから一人で育てる決意をしたの。あんな人に頼るとかしたくなかったし、知らせても堕ろせって言われると思ったから。だから、あの人は自分の血を継いだ子供がいる事も知らないだろうし、今あの人が何処で何をしているのかも知らない。私はこれから先も悠真には言わないつもりよ、父親が生きてるって事は」
「……そう、だったんスね……」
「ごめんね、楽しい場所でこんな重い話しちゃって」
「いえ、聞いたのは俺ですから……」
真彩の過去は思いの外過酷なもので、自分から聞いたものの朔太郎はどう声を掛けたらいいか戸惑っていた。
それを感じた真彩は作り笑顔を浮かべて謝り、
「さてと、いつまでも理仁さんに悠真の相手をさせる訳にはいかないよね。そろそろ行こっか」
気まずそうな表情の朔太郎の手を取ると、一緒に理仁や悠真の元へ向かって行った。