テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
9
2,464
「……っ、おはよう。……じゃないか」
昨日の熱を腕に残したまま、
若井は自分の部屋で、朝を迎えていた。
元貴さんの、少し乱れた髪。
自分の名前を呼ぶ、甘く掠れた声。
「……癒やしてあげようか」
その言葉が、耳の奥で何度もリピートして、若井は顔を覆ってベッドに倒れ込んだ。
(どうすればいいんだ。
隣なんだぞ。……今日、どんな顔して会えば……)
そんな悩みも束の間、
若井は仕事へ行かなければならない。
重い体を引きずって、スーツに着替え、
部屋のドアを開けた。
「——……だからさ、元貴。
昨日のデモテープ、
あそこはもっと抜いた方がいいって」
廊下に響く、聞き慣れない男の声。
若井の心臓が、嫌な予感でドクンと跳ねた。
301号室の前。
そこには、眩しいほどの金髪をなびかせた、モデルのように端正な顔立ちの青年が立っていた。
その手には、
こともなげに301号室の鍵が握られている。
「……涼ちゃん、朝からうるさい。……頭に響く」
中から出てきたのは、
眠たげに目をこする元貴さんだった。
昨日、自分だけに見せてくれたはずの
「無防備な姿」が、そこにある。
「おはよう、元貴。……お、隣の人?」
金髪の青年、涼ちゃんが、怪訝そうにこちらを見る若井に気づいて、ニカッと笑った。
その笑顔は屈託がないけれど、どこか「自分は元貴をよく知っている」という特権意識が見え隠れする。
「あ、……おはようございます。
……302号室の、若井です」
「若井くんか! 元貴から聞いてるよ。
……俺は藤澤涼架。
元貴の、まあ……腐れ縁? みたいなもん」
涼ちゃんは、慣れた手つきで
元貴の肩に腕を回した。
元貴さんはそれを振り払うこともせず、
「……こいつ、勝手に入ってくるから困るんだよね」と、小さく溜息をつく。
(……鍵、持ってるんだ。
……腐れ縁? ……それだけ?)
若井の中で、ドロリとした黒い感情が渦巻いた。
自分は昨夜、あんなに勇気を出して一歩踏み出したのに。
この男は、当たり前のように元貴さんのパーソナルスペースを陣取っている。
「若井くん、仕事? 頑張ってねー」
涼ちゃんの軽い挨拶を背中に受けながら、
若井は逃げるように階段を駆け下りた。
駅までの道、若井の頭にあるのは、
元貴さんの歌声でも、昨夜の温もりでもない。
元貴さんの肩を抱いていた、
あの涼ちゃんの白い手だけだった。
「……癒やしてあげようか、なんて。
……誰にでも言ってるんじゃないか」
朝の陽光が、今はひどく眩しくて、鬱陶しかった。
コメント
3件
Hina のサブ垢です! どろどろ、、、!