テラーノベル
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「……若井。……おい、若井!」
「っ、はい!」
上司の鋭い声に、
若井は椅子から飛び上がらんばかりに肩を揺らした。
目の前のPC画面には、作成途中の企画書。
……のはずが、無意識に打ち込んでいたのは
「301」
「鍵」
「金髪」
という、仕事とは1ミリも関係のない単語の羅列だった。
「さっきから同じページで止まってるぞ。
体調悪いのか? それとも、私生活で何かあったか」
「いえ、……すみません。すぐやります」
上司が去ったあと、若井は深く溜息をつき、
額をデスクにぶつけた。
(……ダメだ。全然集中できない……)
目を閉じれば、今朝の光景がフラッシュバックする
元貴さんの肩に馴れ馴れしく回された、涼ちゃんの腕。元貴さんがそれを受け入れていた、あの空気感。
「腐れ縁」なんて言葉一つで片付けられない、積み重ねてきた時間の重さを感じて、若井はたまらなく自分が「ちっぽけな隣人」に思えてしまう。
(俺は……昨夜、ちょっと抱きしめただけで舞い上がって。……バカみたいだ)
スマホをチェックしても、
元貴さんからの連絡はない。
昨夜あんなに熱く重なり合った(気がしていた)のは、自分だけだったのか。
仕事の修正依頼も、クライアントからの電話も、今はただの雑音にしか聞こえない。
結局、その日の仕事はボロボロ。
普段ならあり得ないようなケアレスミスを連発し、
同僚からも「若井さん、今日どうしたんですか?」と心配される始末だった。
トボトボと、逃げるように会社を後にした夜。
最寄駅のホームで、若井はスマホを握りしめた。
「……自分から連絡するなんて、重いよな」
そう思いながら画面を点けた、その瞬間。
**【元貴:お疲れ。今日、仕事終わったらうち寄って。話したいことあるから】**
短く、簡潔なメッセージ。
けれど、その一言で若井の心は、
朝の絶望が嘘のように浮き足立った。
(話したいこと……? 涼ちゃんのことか? それとも、昨夜のこと……?)
期待と不安が混ざり合い、
若井は駆け足でアパートへと向かった。
階段を上る足音が、今朝よりもずっと急いでいた。
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