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「玲伊さん。ひょっとして、わかっていたんですか? わたしの気持ち」
そう言うと、彼はわたしの方を向き、目を細めて、ちょっといたずらっぽい眼差しで見つめた。
「少しはね。いや、確信があった訳じゃないよ。そうならいいなとは思ってだけど」
彼はわたしから手を離して、それから自分のアイスコーヒーに手を伸ばした。
一口飲んでから、話を続けた。
「いや、今まで怖くて告白できなかったんだよ。優ちゃんに振られたら、プロジェクトを続けられなくなると思っていたから。あんなことになったのは本当に残念だけど、もうこの気持ちを伝えるのに|躊躇《ちゅうちょ》しなくてもいいんだとも思ったよ」
わたしはせわしなく目を泳がせていた。
ただただ戸惑うことしかできない。
「でも、まだ信じられないです……こんなことがわたしの身に起こるなんて」
「優ちゃんは自分を過小評価しすぎ。今朝だって、会議室にいた全員が、優ちゃんがモデルを降りなければならなくなったことを惜しんでくれたじゃないか」
「それは……約束が違ってしまったからでは?」
「それもあるけど、優ちゃんが何事にも一生懸命で必死に取り組んでくれる姿勢に、全員、心打たれていたんだよ。あそこにいたメンバーだけじゃない。ジムのインストラクターだって、優ちゃんは本当によく頑張っていると言っていたし。それに笹岡だって。彼女、自分にも他人にも厳しい人間だから、めったに人はほめないんだよ」
「……」
「優ちゃんは魅力的だよ。外見も中身も。俺を夢中にさせるぐらいなんだから、いい加減自信持ってくれよ」
それから、彼はあらためて訊いてきた。
「それで、優ちゃんの返事は?」
「えっ、さっき言ったし……」
「そうじゃなくて『付き合って』の返事」
「そんなの、もう、わかってるじゃないですか、玲伊さん」
「ちゃんと聞きたい。長い間、待ち望んできた瞬間なんだから」
じっと、わたしを見つめながら、彼は言う。
ドキドキが限界点に達してしまう。
でもなんとか目を逸らさずに、わたしは答えた。
「もちろん、“はい”です。でも、嬉しくて、どうしたらいいかわからない」
そう言って熱くなった頬を手でぱたぱたあおぐと、彼は小さく吐息をこぼすように言った。
「ああ、もう、やっぱり優ちゃんは可愛い」
それからすぐ、カフェを出た。
玲伊さんはわたしの肩に腕を回して、抱き寄せた。
ずっと憧れていたシチュエーションが現実になって、こうして、死ぬまで一緒に歩いていられたら……
そんなバカなことを考えてしまうぐらい、幸せで。
書店の前に着いたとき、そのまま抱きしめられた。
とても、温かくて優しい抱擁だった。
前にハグされたときはあんなに切なかったのに。
今は、体が蕩けて流れ出してしまいそうで、わたしは彼の背に手を回してぎゅっとしがみついていた。
そんなわたしを、彼もいっそう力をこめて、抱きすくめた。
「好きだよ、優紀」
優ちゃんではなく「優紀」と耳元で囁かれて、本当に彼の腕のなかで意識を失ってしまいそうになった。
「でも、わたしだけ、こんなに幸せでいいのかな……」
ふと、さっきの笹岡さんの静かな笑顔を思い出して、わたしは呟いていた。
「笹岡のこと?」
わたしは彼の胸に抱かれたまま、頷いた。
「優しいからね、優紀は。でも……」
玲伊さんはそこで一旦、話を切った。
どう言葉を紡げばいいか、逡巡しているようだった。
それから彼は、わたしにこの上もなく優しく、包み込むような眼差しを注いだ。
「とっても残念なことだけどさ……生きていると辛いことに遭遇してしまうこともある。俺たちだって、この先はどんな不幸に見舞われるか、それはわからない。それは、自分たちの力でどうこうできることじゃない。でも、だからと言って、今ある自分の幸福をないがしろにする必要はないんじゃないかな。もし俺たちが笹岡に悪いからと考えて、付き合うのを遠慮したら、彼女が喜ぶと思う?」
わたしは首を横に振った。
「そんなことはない、と思う」
「だろ? いや、もちろん、俺たちのために、自ら進んでつらい出来事を話してくれた彼女には、いくら感謝してもしきれないけど」