テラーノベル
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お茶の入ったコップが置かれる。棚を開き、そこから原稿用紙とペンを取り出した。丸眼鏡を掛けると、彼女は狼へ化ける。
「今、大学のサークルぶりに小説書いてまして。ある程度のものはできるんですが、どうも当時の感覚になってしまうので、あまり納得のいく出来にはならなくて……。サークルリーダーのお力をお借りしたいな、と」
「ちょっと、サークルリーダーって。一体何年前の事だと思ってるのよ」
「今も昔も。私の先輩は美蘭さんだけです」
気高き視線が突き刺さる。彼女の敬意が心へ響く。
「……今の発言、夫に言っちゃおっかな」
「ああ! それだけは勘弁を。晃一さんも先輩です。先輩です!」
本気で焦る彼女を冗談だからと宥める。後輩という存在の、どうしようもない可愛らしさを思い出した。これでは狼というよりも、子犬ちゃんのようだ。
彼女は落ち着くと、束になった数十枚を渡してきた。言葉と視線が重なった。その瞬間、世界が霧に呑まれ、それだけが残る。一言一言の連が成す熱風に、固唾を呑まずにはいられぬ。
そう――それはまさに狂気への入り口。東雲弦という概念が文の裏で語り掛けてくる。おそらくは、二人以外の誰にも決して理解できない、魂のまぐわいがこの身に子を生させた。
五年前。私、久我美蘭改め、誉田美蘭と東雲弦、そして久我晃一は同じ大学の同じサークルの仲間だった。私と晃一が二年生、しのちゃんが一年生。その計三人の小さなサークル。活動内容は主に小説の作成で、Webラノベから文学賞応募まで、比較的自由度は高かったと思う。
そして、その時点で既に――彼女の才は、先輩であるはずの私と晃一を遥かに凌駕しており、世界にすら届く何かを秘めている事を確信させてくれる実力があった。
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