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カドリは歌い、舞いながらも祭壇の上から戦況をしっかり捉えていた。
カタウサギに岩兵、ともに兵士と村人たちだけで事足りたようだ。容易く打ち払えており、さほど犠牲も出ていない。
(ここを抵抗の拠点とする)
聖女に去られ、迫る滅びの運命にベルナレク王国が抗うための拠点だ。
水色の袖や裾をヒラヒラとはためかせて舞う自分は、実によく目立つ。
木々の上から赤い双眸が自分を睨んでいる。
黒光りする甲殻が背中側を覆う。甲虫型の大型魔物だ。体高は4ペレク(約16メートル)にも及ぶ。
イワガネタマムシだ。北方高山地帯に住む魔物だ。
(あれは、ニコルや村人たちだけでは重いか)
冷静に小山のような身体を眺めてカドリは思う。
「故に私はクロクモを呼ぶ」
舞台の上でカドリは歌い、舞う。
自分の歌は魔獣を呼び、操ることもできる。カドリという雨乞いはその実、代々魔獣使いなのであった。
黒い大蜘蛛が祭壇の下、地面の中からあらわれる。体高はせいぜい1ペレク(約4メートル)ほどだ。
「おおっ!」
巨大な味方の登場に味方から歓声があがる。さすがにイワガネタマムシ相手には高揚している人々も迂闊には突撃しない。
通常であれば気味悪がられるか悲鳴をあげて逃げられるところだ。
自分の歌で高揚している人々にとっては、味方の出現に他ならない。
「その魂は私の呪いで肉を持ち、力を持って、私の思いを身体で受ける」
黒い大蜘蛛、正式にはグロンジュラという。
更に自分の魔力でその能力を強化する。
「行けっ!我が同胞よ」
カドリは鉄扇でイワガネタマムシを指し示す。
グロンジュラが8本の足で大地を駆け、イワガネタマムシを目指す。
8本の脚全てが筋肉質で力強い。取り付けばそう簡単には離れない。捕えた獲物には毒牙を刺して体内を溶かして食べる。
(手数と速さがまるで違う)
歌いつつカドリは思う。
イワガネタマムシの足が短く、小回りが利かないという弱点を上手く衝いている。後ろに回り込んで進行を妨害していた。
「うおおおおおっ!」
歓声ではない。イワガネタマムシの足下から再び岩兵が湧いて出てきたのだ。
乱戦となっている。
「カドリ殿っ!」
槍を手にニコルが近づいてきた。
「あの魔獣は?」
端正な顔の額に汗を浮かべてニコルが尋ねてくる。
「私の同胞だよ。魔獣という呼び名は嬉しくないね」
カドリは即座に訂正する。
「はぁ」
戸惑いもあらわにニコルが呆ける。よく受ける反応ではあった。
「カドリ殿っ、あれほどのものを操れるのなら」
ニコルがイワガネタマムシと格闘するグロンジュラを眺めて告げる。
「私は聖女でも聖者でもない。自身を助けるのは自身であるべきだと信じている」
カドリは舞いながらも歌だけは止めて告げる。
「現地の人々にも私は最大限の努力をしてもらう。私の非力を上乗せし、同胞に頼るのはそれからだ」
カドリはさらに自身の信念を告げる。
「それは分かりましたが、イワガネタマムシなど災害のように魔物です。あのクモだけでは」
他人の同胞をただのクモ扱いである。失敬な槍使いなのであった。
「ならばニコル、君も力を貸し給え」
舞いながらカドリは応じた。足りないと言うなら自分で足せと言うのである。同胞への『クモ』呼ばわりは一旦捨て置くこととした。
「私の力も君に貸そう。君の力を私の同胞に貸してやってくれたまえ」
この提案に応じてくれるかどうか。
舞いながらもカドリは内心で固唾を呑んでいた。
ニコルが迷わずにすぐ頷く。
「そのつもりで来ました」
なんとなくカドリも嬉しくなる返答であった。
良い人間と話していると自分まで良い人間になった気がしてしまう。
「私の呪詛をその身に浴びて。君は私の思いを代弁してくれるという。私の恨みを痛みを憎しみを。いわれもない相手に注ぎ込むという」
カドリの歌で、ニコルの白い鎧が、槍が、漆黒に染まっていく。
「素晴らしい親和性だ。君も本当は邪悪なのではないか?」
笑ってカドリは要らぬ皮肉を思わず言葉に出していた。
無視して、強化されたニコルが矢のように駆ける。
(小細工など要らない。今の君は)
カドリは、目を細めて声を震わせて歌う。
グロンジュラの目がこちらを向いていた。ずっと速さで翻弄して時間を稼いでくれていたのである。
硬く手強いイワガネタマムシを相手に、次はどうするべきかを尋ねているのだ。
「仲間が行く。同胞よ、君はただ、敵の動きを封じてくれればいい」
カドリの指示にグロンジュラが頷いた。実際のところは、グロンジュラに頷く動きなどは出来ない。あくまで、気持ちのやり取りだ。
心得たグロンジュラが口から白い糸を吐く。
絡まる糸がイワガネタマムシの動きを阻害する。
だが、体格差があり過ぎる。
身体を震わせるだけで、糸がねじりきられてしまった。
更には口から吐く毒液がグロンジュラの糸を溶かし始めた。
(だが、もう遅い。本命は至った)
イワガネタマムシの足元にはニコルが既に立っていた。
ニコルが槍を一閃させる。
黒い線にしか見えなかった。イワガネタマムシの6本ある脚の内、1本が断ち切られている。
(私の黒い感情が、彼をあそこまで強くするのか)
身体の均衡が保てなくなったイワガネタマムシに対し、ニコルが槍となって駆ける。そのたびに頑強なイワガネタマムシの各所に穴が空くか、体節が断ち切られていく。
「見事」
カドリはとうとう舞うのをやめた。
戦いの趨勢が定まったからだ。
ニコルがイワガネタマムシの頭胸部と頭部の間、神経節の中枢を貫いた。
息絶えたイワガネタマムシが動かなくなり、地面に崩れ落ちてしまう。
震動がカドリのいる位置にまで響いてきた。
兵士からも村人からも歓声があがる。
(とりあえずは勝った)
ここから雪崩を打つかのように、ベルナレク王国内に魔物が、侵入することを阻んだ格好だ。
だが、まだ第一波をしのいだに過ぎない。
(これはまだ、始まりだ)
思い、カドリはきをひきしめるのであった。