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レグダの最前線を突破されたと聞き、当地を治めるオコンネル辺境伯はウェイドンの村へと急いでいた。

「まったく、あの馬鹿王子め」

馬上でベリー・オコンネルは呟く。今年で25歳になる。若き辺境伯だ。

青い髪の頭に、銀の兜を被り、馬甲も銀色で硬めている。領主自らが各地を軍装で回らなくてはならない事態だ。

「馬鹿なのは上でも血を流すのは民だときている」

さらにベリーは毒づく。

今率いているのは100騎だが、迫る魔物への対応に数として足りるのか、ベリーも自信を持てずにいる。直下の精鋭、シロガネ兵団ではあるが屈強な聖女フォリアの護衛団を投入してなお突破されたのだから。

(そもそも、聖女の護衛団を投入するなら、俺の指揮下にくれれば良かったのだ)

聖女フォリアを破談・失墜させ、失望させた挙げ句、おめおめと隣国の皇太子に掠め取られたということは、この辺境にまで伝わっている。

結果、早速、『北の魔窟』と境を接するオコンネル辺境伯領は結界が弱まったことによる被害を直接、被ることとなった。

正面からこちらへ一騎、駆けてくる騎兵がいる。

「閣下!」

配下のシグナスである。疾駆させ、先見を命じていた者だ。馬だけではなく、本人も息を切らせていた。

「どうした?ウェイドンの村も、もうだめか?」

ベリー自身、ウェイドンの村を維持することを最早あきらめていた。

防衛戦であるレグダの前線が崩れた以上、内側にある居住区域を待つ運命など、魔物による蹂躙しかないのである。

あとは、一般人である村人たちをどこまで内地へ保護できるのか。そういう見込みでいたのだった。

「いえ、住民とレグダの敗残兵とで、一旦は持ちこたえ、押し返しております。遠目ではありますが、魔物の姿はありませんでした」

シグナスがもたらしたのは、思わぬ報せであった。

「なにっ?」

嬉しい誤算に対し、ベリーは頭の中で思い浮かべていた領地の地図を書き直す。

オコンネル辺境伯領の防衛については各所で気の抜けない状態なのだ。ウェイドンの村付近の他、ヘングツ砦近郊でも大型の魔物を目撃している。

「では、急ぐぞ。あの地方で魔物の侵攻を堰き止められれば我が領土もまだなんとか保つ。しかし、よく耐えたものだ」

心底から感嘆してベリーは告げる。

一度は敗れた兵団が一般人と組んでもたかが知れていて、きっかけがなければ持ち直せないだろうと読んでいた。

急いで駆けつけようともしているが、間に合わないだろうとも。

他の戦線でも自分は、戦い続けているのだ。

「それが、どうやらカドリ殿が来てくれたようなのです」

顰め面で、嫌な名前をシグナスが告げる。

「なるほどな」

納得出来る回答ではあって、ベリーは頷いた。

嫌いではない。むしろ、魔物の多く出るオコンネル辺境伯領を治める身としては、世話になってばかりの相手だ。

ただ、あの容姿や物腰が好きになれない。

 いつも口元に鉄扇を当てていて、薄く笑っていた。妖しい程に美しく中性的な容姿で主に女性を惹きつける。だが、容姿とは裏腹にいざ話をしてみると、男気があってよく、助けに来てくれていた。

(だから、あいつのことは、嫌いなんじゃなくて苦手なんだ)

 ベリーは思いつつ、100騎を率いてウェイドンの村へと辿り着いた。

「これはこれは、オコンネル辺境伯閣下ではありませんか」

 早速、予期していた皮肉な声が飛んできた。いつも恒例の挨拶である。報告どおりにカドリの声だ。何やら作業を手伝い、柵を担いでいる。

「その呼び方はやめろ」

 笑いもせずに、ベリーは馬乗のまま返した。

 その気になれば王子どころか国王とも対等に口をきけるのがカドリだから物言いは気にならない。

(その代わり、決して敬われることはない)

 ベリーは馬から降りつつ思う。

 当代のカドリは特に強い。カドリというのは自称『雨乞い』とのことだが、その実、魔獣使いなのであった。細かい理屈はベリーも知らない。だが歌うことで雨を呼ぶように魔獣を呼ぶ。

「まぁ、やめろというならやめるさ」

 いつものように鉄扇を口元に当ててカドリが告げる。会うたびに飽きもせず、このやり取りをカドリが仕掛けてくるのだった。

 いかにも貴族然とした自分への嫌がらせのつもりらしい。

「カドリ殿、こちらの御方は」

 近くにいた槍使いがカドリをたしなめようとする。どうやらオコンネル辺境伯だと気付いているらしい。

「いいのさ、ニコル。私は口の利き方をとがめられることはない。カドリはそういうものなのさ」

 カドリが穏やかに言い返す。

 ニコルと呼ばれた槍使いも中性的でキリッとした整った容貌の若者である。2人並ぶと様になっていた。

 カドリとの関係についてはなんとなく聞きづらい。

「それはつまり、カドリ殿のお立場というのは」

 ニコルが困惑している。

「陰口を叩かれ放題ということさ。ここにいる閣下と同じようにね」

 珍しくカドリが爆笑した。

 何が楽しいのか、さっぱり分からない。

 ベリーはニコルと自然を合わせて、ただ困惑した。

「とにかく助けには感謝する。ここを抜かれると我が領土は苦しかった。雪崩を打って、魔物共に蹂躙されていたかもしれない」

 ベリーは防護柵を修復しようとしている兵士と村人たちとを見て、礼を述べた。

 かなりの数の魔物と大物イワガネタマムシを仕留めたらしい。しばらくは大丈夫だろう。

「この国の、いや、この地の人々のためだ。当然、貸せる手はいくらでも貸す」

 涼しい顔でカドリが言う。

 強いだけではなく、気持ちもいい男ではあった。苦手なのは容姿と物腰だけだ。

「今、この国は極めて難儀な状態にあるが、だからといって、無為に死んでいいわけがない」

 真面目な顔でカドリが言う。なんのことを言っているのか分からないわけがない。

「大丈夫。聖女がいなくても、まだお前がいるじゃないか」

 半ば本気でベリーは笑って告げた。

 カドリの言う通り、危機だから大人しく死んでやるどおりもないのだ。

「私には聖女の代りなど務まらない」

 寂しげにカドリが笑った。

 妖しい笑みを見るにつけ、頷きそうになる。確かに聖女と違い、妖しさの中にどこか凶々しさも見えるのだった。

「それでも、頼りにしている。今後の方策も練りたい。ここには精鋭の100騎を置いていくから、カドリ、お前も城に一旦、来てくれ」

 せっかく、友人が心強いのだ。

 頼るべきは素直に頼ろう、とベリーは思うのであった。

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