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町外れの小さな音楽教室に、一台の古いピアノが置かれていた。
鍵盤は少し黄ばんでいて、音もところどころかすれていたけれど、そのピアノには不思議な力があった。
子どもの頃、少女は毎日そのピアノを弾きに来ていた。
指はまだ不器用で、音もよく外れたけれど、先生はいつも優しく微笑んで
「音は心から出るものだよ」
と言った。
少女はその言葉を信じて、何度も何度も練習した。
やがて少女は成長し、町を離れた。
夢を追いかけて都会へ出て、忙しい日々に追われ、ピアノからも先生からも遠ざかっていった。
年月が流れ、少女は大人になった。
ある日、故郷の町に帰ることになった。
懐かしい道を歩き、音楽教室の前に立つと、そこはもう閉じられていた。
窓から覗くと、あの古いピアノだけがまだそこにあった。
少女は胸が熱くなり、扉を開けて中に入った。
埃をかぶった鍵盤に指を置くと、かすれた音が鳴った。
その瞬間、子どもの頃の記憶が一気によみがえった。
先生の笑顔、練習の音、夢を語った日々。
涙がこぼれた。
「先生、私、まだ弾けるよ」
少女はゆっくりと曲を奏でた。
音は不揃いで、鍵盤は重かったけれど、心の奥から溢れる旋律が教室に広がった。
演奏が終わると、静かな部屋に風が吹き抜けた 窓辺に置かれた古い写真立てが目に入った。
そこには先生の笑顔があった。 写真の隅には、小さな文字でこう書かれていた。
「このピアノは、君の帰りを待っている」
少女は嗚咽をこらえながら、もう一度鍵盤に触れた。
音は弱々しかったけれど、確かに響いていた。
その瞬間、少女は気づいた。
――先生はもういないけれど、音はずっと生き続けている。
そして、自分の中にも、あの日の夢がまだ残っている。
少女は涙を拭き、深く息を吸った。
「ありがとう、先生。これからも弾き続けるよ」