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昨日は酷い目にあった。
試合と聞いてそれならばと話に乗れば”死合”とか詐欺ってレベルじゃねーぞ。
夜中まで教師に説教喰らって、帰ったら父さんからも説教喰らって母さんに泣かれて……
うん、まぁあんな話に乗った自分にも責任はあるので、反省するべき所は反省するとしても。
ちょっと「実はあの人」的なイメチェンをしたかっただけなのに放課後キルタイムとか俺は何故あんな無駄…… と言い切れんが、時間を過ごしてしまったのか。
本選の予習程度の対人戦の経験値 & プラス評価を得るためとは言え、随分な対価を払ってしまった気がする。
エインセルの時もそうだし、そろそろ目先の利益に釣られるどころか首を吊られる様な真似は慎まねば。
安物買いの銭失いも程ほどにしないと。甲斐性の無い男に彼女は出来ないだろうからな!
これからは焦って小野麗尾ブランドの安売りをしないようにしないと。なおブランドの現在価値は考えないものとする。
登校後に寄り道してから教室に入るとクラスメートがこちらを見たかと思うとすぐに顔を背ける。
話し声は止み、奇妙な静寂が一瞬訪れたが
「よぉ、守おはよー 昨日は悪かったな!」
拳道のヤツが親しげに話しかけてくる。
「……もう気にしなくて良い」
「そっか。でも結構な騒ぎになっちまったし、教師にも目ぇ付けられちまったみてーだしさ」
「……これから騒ぎを起こさなければ、すぐに落ち着くだろ」
「そうか?」
「ああ」
相変らず周りのクラスメイトが静かなのが何か気になるが、すぐにHRが始まって授業に移った。
おかしい。教師が何故かこちらを見ない。
俺は授業は真面目に受ける派なので前を向いて話を聞いているのだが、彼は授業の初めに手にした教科書で隠すようにチラッとこちらを見た後、ビクッと震えてそれからずっと黒板の方を向いたまま授業を進めている。いつもはクラス全体に聞こえるようにハッキリと説明しているのに、今日は何故か声が小さく聞き取り辛い。
休み時間も俺はいつもどおり机に伏せていたが、クラスメイトが静かなままだ。
何故か緊張感漂う教室を不思議に思いながら(欺瞞)、同じように二時限目まで過ごす。
ナニガアッタンダロー ワカンナイヤ、フシギダナー(棒
さすがに自分を騙すのも難しくなってきた。
……仕方が無い、気は進まないが三学期中この空気をクラスメイトに強いるのは若干気まずい。
二年になっても引きずられたら俺にとっても問題だしな!
不本意ながらこの事態を想定して昨夜打ち合わせたとおり、池流と鍵留宛てにメールを投げる。ニイタカヤマノボレ、と。
四時限目が始まる前に池流がやって来て、相変らず沈黙に包まれた俺のクラスを覗き込み一言、
「絶対に笑ってはいけない高校授業二十四時」
静寂に満ちた教室に染み渡ったその一言は、謎の緊張感に満たされた精神の柔らかい所に突き刺さったのだろう。
何人かのクラスメイトが口を手で押さえながら教室から駆け出していった。
前の席の男子の背中が震えだし、後ろの席からガタンッと音がしたので振り向くと机にうつ伏せになった名も知らぬ男子の姿が。
右隣の席の女子は何故かハンカチを必死に噛み締めながらヒッヒッフーとラマーズ呼吸法を行い、左隣の男子は背筋を真っ直ぐ伸ばしながら左を向き腕と膝を抓っていた。他のクラスメイトも似たり寄ったりの有様で、クラスの何処からか聞こえてきた般若心経と「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない」という呟きが絶妙なセッションを協演していた。
そして、四時限目が始まる。
やってきた数学の虚数(うろかず)先生は、異様な雰囲気と光景を織り成すクラスメイトを気にする風も無く授業を始める。
十分くらい経ち、ようやくクラスの皆が落ち着き始めた頃に彼らは異変に気付いた。
虚数先生のカツラが、ずれている。
アイエエエ!? カツラ!? カツラナンデ!?
そんな心の叫びが聞こえてきそうな今日この頃、クラスメイトの皆様はいかがお過ごしでしょうか?
虚数先生のカツラは周知の事実であり、実際のところ先生もよくネタに使う。
カツラを使った虚数・複素数の説明は分かりやすいと非常に評判で、生徒から親しまれている名物教師である。
そんな彼のカツラネタも今この時に限り、クラスの生徒の大半に望まれない厄ネタと化した。
ここから今日に限り、溜め込んでいたであろうネタを何故か大放出する先生。
己の限界に挑むかのごとく、身じろぎしながら耐える生徒。
双方共に非常に無駄に熱い激戦が繰り広げられたが、遂にその均衡は崩れた。
わざとらしく勢いをつけて振り向く先生。
頭上でクルリと回って滑り落ちたカツラ。
「今日は風が強いですねぇ」
窓が閉め切られた教室の中で、にこやかに笑いながら宣う先生のさらなる追撃に耐え切った生徒達に、無慈悲な鉄槌が下される。
教室内の校内放送用スピーカーからデデーンと鳴る例のSEと「ウロカズ、アウトー」という音声が流れて、
崩壊が、始まった
始まりを告げたのは委員長。黒のロングヘアが素敵で、いつか三つ編みにならんかなと個人的に期待していた彼女が、大人しげな普段からは想像できない笑い方で笑い出した。
彼女の名誉の為に、決して下品な笑い方ではなかったと言っておく。
釣られて次々に十名が机に、あるいは床に倒れた。
何名かが教室から脱出し、笑いながら「タスケテェ」と叫んで必死に走り去る。
何とか耐え切った生徒も、カツラを拾うために教壇越しに大げさに屈もうとした先生の頭に水性ペンで達筆に書かれてデコられた「ピッカピカやでぇ!」の文字と、それっぽいBGMを流しながらムエタイ選手の格好で教室にエントリーしてきた池流の姿に皆殺しにされた。
拳道は「守、お前これは卑怯だろー!」と根拠無き誹謗中傷と共に俺を指差しながら爆笑し、
前男子は教室外逃亡、左男子はDOGEZAスタイルに移行し、右女子は笑い泣きながら「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝り、後ろの男子が息絶え絶えに「許し、許して」と乞うてくる。
これは酷い、何故こんな事に。誰がこんな酷い事を…… (棒
駆けつけた教師陣に連行される俺と池流と虚数先生。誤魔化しても仕方が無いので大人しくお縄に付きました。
事情徴収のため、数人のクラスメイトも別室にご案内されていた。
鍵留はいない。うまく放送室から脱出したのだろう。
連行される時に持ち込んでいた弁当を食べながら教師十数人に囲まれて説教される俺と俺の弁当を抓む池流。後でお前の弁当もよこせよー
「いい度胸だな、お前ら…… 冒険者は伊達じゃないってか!?」
叫ぶ体育教師。池流は冒険者じゃないんだが。
「虚数先生も何でこんな事をしたんですか!?」
「今回の件ですが今朝方、小野麗尾君に頼まれましてね。昨日の件でクラスメイトとの仲が不安になってしまい、学校生活に支障が出るのではと随分心配していました。人生の先達として、彼らが打ち解ける一助になればと少しばかり手助けしただけですよ」
卵焼きウマー
「コイツラを見てください! これがそんな繊細なタマに見えますか!」
「そうですよ、冒険者とかヤクザまがいの物になったにも関わらず今の今まで大人しい生徒だと思っていたら立て続けにこんな事を仕出かすとは!」
「いやぁ、そのようですな。私もすっかり騙されました。はっはっは」
「笑い事じゃありませんよ!?」
「おい、放送室を使ったのは誰だ!」
「あ、それ俺です。オレオレ、池流です」
被害は最小限に。鍵留の事はバレていない様だし。
「まったく! だから私は前から思っていたんですよ、放送室に鍵を付ける様にと!」
「まぁまぁ、鍵を付けていたら昔生徒が立て篭もってしまったから外したんですし、その件はもう」
何で付いていなかったか不思議だったがロックでKOOLな先輩がこの学校には昔いたようだ。
説教は昼休み中続き、六時限後に緊急で全校集会となった。
昨日から今日までの事件の概要を語られ「翌亜琉高校の生徒として今後このような事が無いように云々」で締めくくられる。
名指しはされなかったが、壇上にいるのを含めて教師陣が全員俺の方を見ているので誰が原因かは文字通り「言わずともわかる」状態だっただろう。目は口ほどに物を言うと諺にもあるので止めていただきたい。面倒な事をして放課後の時間を削った犯人とか全校生徒に知れ渡るじゃないですかヤダー!
その後も俺と池流は別室連行で説教の続行だった。
午前中三時限までの教室の様子を該当時間担当の教師に証言してもらい、多少情状酌量の余地を勝ち取ったが、今日の件はほぼ敗訴。
昨日の件は元A級冒険者外部顧問の肩書きと監督責任で何とかなったが、さすがに昨日の今日ということで今回の件は、お咎め無しになるはずもなく。
俺と池流は反省文A4用紙二十枚分の提出と三学期中、放課後の校内清掃活動に強制参加する事になったのだった。