テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
***
そのあと、きっと夜の9時頃だったと思う。駅から少し離れた、こじんまりとした洋食屋に入った。赤い屋根が特徴的で、山にあるコテージのような外観だ。
遅めの夕食になった理由は、クリスマスで金曜日ということもあってか。やはりどこの店も混んでいたし、真衣香も夕方にお菓子を食べてしまったせいか、まだそこまでお腹が空いていなかった。
『じゃあ、食ってる奴らが飲み屋に移るくらいまで車走らせとくか』
と、八木が言ってくれたので。ドライブらしきものを楽しんでから、この店に来たからだ。
店内に入り見渡すと、カウンターや仕切りには赤煉瓦が使われていて可愛らしく、店の奥には暖炉もあった。
入り口横の大きな窓では赤いチェックのカーテンが存在感を示していて、これもまた可愛らしかった。
テーブルが6席ほどの小さなお店で、ラストオーダーは22時だと書いているけれどまだまだ混雑していたし、真衣香と八木が店に入った時点で1組待ちだった。
店員の女性がすぐに空くと言ってくれたので、入り口近くに用意されたイスに座り順番を待つことにした。
「こんなお店あったんですね……。か、可愛いです……今度優里にも教えてあげなきゃ」
真衣香がうっとり話すと、八木は頭を撫でてきて「楽しそうでよかったよ」と、どこかホッとしたように言う。
「八木さんのイメージじゃないですけど、よく来るんですか?」
何となく八木は、可愛らしい雰囲気の店よりも、大人っぽいバーなんかが似合ってそうなイメージがあって。それを素直に口にしたら「どんなイメージ持ってんだよ」と肩をすくめられた。
「いや、まあ初めてだけど。たまに通りかかってたし何かあるなぁとは思って見てたくらいで」
「やっぱり。八木さん、デートだと大人っぽくてカッコいいお店選んでそうですもんね」
「へえ? じゃあ今はデートじゃねぇって? 酷いもんだなぁ。お前に惚れてる男に言うか」
八木がニヤッと笑みを作ったので、しまった!と口元を押さえるけれど遅かった。
「こ、これは、だから……借りがって、八木さんが……あれ?」
「何?」
「借りを返すなら私がお店を選んで……八木さんをエスコート的な、あれこれしてですね、おもてなししなくちゃいけないんじゃないですか?」
話しながら浮かんだ疑問をぶつけた。
八木に言われるままに着いてきたけれど、これでどうしてこれまでの積み重なった借りを返せようか?
しかし、隣に座る八木は「マジでアホだな」と呆れ返ったように深い溜息をつき、羨ましいほどに長い脚を組み替えた。
「だって、私が楽しんでるだけで……」
「勝手に決めんなよ。返してもらってるよ、多すぎるくらいだろ」
キッパリと言い放った優しい声と、笑顔が、まっすぐ真衣香に向けられていた。
「……お、多くはないです」
その声も、笑顔も、今の真衣香には苦しいばかりだ。気持ちに応えられないのに、と沈んでいくから。
もしかしたら坪井は、信じ切って離れない真衣香に似たような気持ちを抱いていたのだろうか。
そんなことを考え込んでいると、
「こちらへどうぞー」と、明るい店員の女性の声にハッと我に返らされた。
いつのまにか、一番奥のテーブルが空いたようで案内された。
席に着いてすぐメニューを眺め、真衣香がデミグラスソースのハンバーグセットに決めると、八木がまた我慢ならないといった様子で吹き出した。
「何ですか」と睨めば「じゃあ俺はトマトソースの方にすっかな」なんて笑うから「押しつけられても私は絶対食べませんからね」とまた睨みつけて。
心地良いんだ。
力を入れずに会話ができて、笑いあえて。
比べて坪井と向かい合った時は、ドキドキしたり、話す内容を気にして戸惑ったり。全く違う気持ちで、心臓も動き方が違ったんじゃないかってくらいに全てがまるで重ならなくて。
どちらが幸せなんだろう、と。
……考えるまでもなく定まっているはずの答え。
それを、頭の奥底で否定する、真衣香自身の弱々しい抵抗を感じる。
認めたくない、本音だからだ。
溜息まじり、時折沈む真衣香の表情をじっと見つめる八木の視線に、気が付ける余裕が真衣香にはなかった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!