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「……誰ですか?」
そこには、小さな小型の剣を棹から抜き、イヂィンに向けるリンシィーがいた。
無礼と言えば無礼だが、仕方がない。
リンデェンは慌てて、剣を下ろすよう言った。
「この方はイヂィン。剣を降ろしなさい。」
できるだけ優しい口調で言ったつもりだった。
すると、リンシィーは何かを察したのか、渋々剣を降ろす。
「イヂィン殿、何者ですか。」
剣自体は降ろしたものの、決して棹の中へしまってはいなかった。
警戒している。
「突然お邪魔してすまない。 儂はイヂィン。
見ての通り、ただの老爺じゃ。」
するとリンシィーは、睨みつけていた目が
若干優しくなった気がした。
優しくというか、怒りから冷淡になった が正しいような気もするが。
まるでいない物かのように、普段通りのリンシィーを演じていた。
何がそんなに気に入らないんだ?
訳は分からないが、そっとしておこう。
「イヂィン殿、話の続きを聞いても? 」
ずっとリンシィーを眺めていたイヂィンは、
やっと目を離した。
何かそんなに気になるのだろうか。
リンシィーを目で追いかけるその瞳は、先程の態度に対する怒りや、憎しみなんかでは無く
なんというか……
恋するような、見惚れているような。
まさか、とは思っているが 何となくそう感じてしまった。
「あ、嗚呼……そうだな。 」
1つ咳払いをして、体制をより起こして座る。
「旅というのは、何処を辿ってここまで来たのでしょう?」
リンデェンは、新しい水を用意しながらイヂィンに聞いた。
「確か、皆で住んでいた彼処を出て、まずは近くの森林を探索したの。
それから、一度北に向かった いや西だったかな…… 思い出せん。もう歳じゃな。」
乾いた笑顔を見せたあと、また俯いてしまった。
もう80以上歳をとっている。
だけあって、歳も歳だ。
記憶は難しい。 身をもって知っていた。
もう100年前の事なんてリンデェンも覚えていない。
「そうですか。それなら、どれくらい旅をしてきたのか、分かります? 」
これは結構大事で、仲間たちの死因や居なくなった原因に繋がるかもしれない。
そう思っていた。
「どのくらいだったかな……もう数年歩き回って、過ごしてきたかな。 」
頭を軽く掻きながら答えた。
すると突然、リンシィーが声を出した。
「イヂィン、そこらに滝湯があるので、身体を軽く流してきたらどうです? 」
言い方は酷くきつかった。
が、その声に思わずリンデェンは笑ってしまった。
クスッとするリンデェンを見て、リンシィーは
少し腹を立てたのか そっぽを向いてしまった。
困惑するイヂィンに、慌てて補足する。
「イヂィン殿、旅も疲れたでしょうから。
近くに滝湯があるんです。案内しますよ。布も用意できるので。」
滝湯に行くよう促した。
すると案外簡単にイヂィンは立ち上がり、
なら、お言葉に甘えて
とその場まで向かっていった。
来る途中に見つけたから、案内しなくても行ける 、そうだ。
1つ布と衣類を渡して、また と家を出た。
「リンシィー、どうしてあんな言い方を?
あの人はまだ、何もしていない。」
するとリンシィーは、やっとこっちを向いて話始めた。
「あのイヂィンって人、人って言うか鬼。
あまりいい気を感じないのです。」
その言葉をきいて驚いた。
人って言うか、 『鬼』?
あの老爺は、本当は鬼だったのだろうか?
何故そんなことを思ったのか、全く分からなかった。
「鬼?あの人を鬼だと思ったの?」
リンシィーは深く頷いた。
「あの人ではありません。あの鬼です。
彼奴は、鬼の気を完全に消しています。」
「完全に消しているなら、リンシィーは何故わかった? 」
今までリンシィーの考えは、分かりやすく
それに沿って自分も巡らせていた。
だが、今回はよくわからない。
「少なくとも、私にはまだ神力が残っています。信者といえど、デェン師が昔くれたあれらは全て、まだ大事にあるので。」
リンデェンはまだ上神天花だった頃、
余りリンシィーに構えていなかったとき
申し訳なさから、神力や神御札などを分け与えていた。
少なからずの謝礼のつもりだった。
もうとっくにどうにかしていたと思っていたが、まだ大事に取っておいてくれているようだ
何十年か前のものを、使わずにいてくれているのをきいて、口角が勝手に上がっていた。
「ありがとう。確かに、私にはもう神力が残っていないから、わからないね。」
苦笑いしつつ、感謝をする。
「しかし、リンシィー 君は優しいね。」
「はい?」
少しの間を空けて、返事をした。
「疲れた人に滝湯を紹介するなんて、心優しいんだね。弟子がそう育ってくれるなんて、嬉しい限りだよ。」
久しぶりにリンシィーの頭を撫でた。
途中で下を向きながら、小さな声で反論するその姿は、なんだか小動物のようだと思う。
「私はただ……はやくここを出て欲しかっただけです。そんなんじゃ、」
またもそっぽを向いてしまった。
やっぱりまだ子供らしくて、可愛らしい。
なんだかリンシィーの親のような気分だった。
「ところで、彼奴がここに帰ってきたらどうするんですか?」
彼奴 とはイヂィン殿のことか。
それについては、どうするものかとリンデェンも考えていた。
何とかして始末するべきだろう。
だが、どうやって終わらせるかだ。
神力がないリンデェンと、元から人間である
リンシィーとでは
相手にできるのかはわからない。
相手の強さも、弱点も分からないのだ。
鬼にも色々な種類が居て、それぞれに夫々の弱点を持っている。
だが、人に化ける鬼も何種類かがいて どの
種類なのかは分からない。
「どうしようか。呪化じゃなければ、何とかできるかもしれないけど……」
呪化じゃないとは言い切れない。
もし戦って呪化だった場合、それこそ二人の命は絶つことになる。
「呪化の可能性はありますが、高くは無いのでしょう? 逃げる訳にも行きませんし。」
つまり、 戦うしかない と。
確かに、この古屋を離れるのは何としてでも避けたい。
二人もいれば、なんとかなるだろうか。
しかも、昔リンデェンは上神天花だった神だ。
今ではただの人だが、昔こそ武を舞い、沢山の修行をこなしてきた。
数百年の間生きていれば、肉体の耐性も尋常じゃないほど付いている。
特にあの300前の戦争…… 。
あれに比べたら と考えると、何とかなりそうな気もしていた。
「そうだね。準備しておこう。」
するとリンシィーは立ち上がり、剣の柄を握った。
そして、構える。 此方へ視線をむけた。
準備はできている、と。
リンデェンも、どうせ使えない風術を使おうとはせず、近くの刃物を1つ掴んだ。
それから、しばらくの間静かな空間が続いた。
すると突然、音ひとつもなく、扉があいた!