テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

ぱちん、と。

あまりに軽い音だった。


それなのに、世界の輪郭が一瞬だけ滲んだ気がした。


頬に触れた衝撃は、すぐに消えた。痛みはなかった。

ただ、そこに「遥の意思」があった──それが、蓮司にとっての異物だった。


蓮司は、頬に手を当てたまま、しばらく動かなかった。


笑ってもいなかった。


遥の表情を、まっすぐ見ていた。

泣きそうな目で、それでも逃げずに睨み返してくるその瞳を、

まるで宝石でも見るように、静かに。


「……すごいね、遥」


ふっと、吐息のように零れる声。


「叩くんだ、人って。震えながらでも」


その声には、どこか──温度があった。

けれど、それが何の感情なのかは、わかりにくかった。

ただ確かなのは、「喜んでいる」のではなく、「記録している」目をしていた。


「へぇ……そう。日下部には、そういう顔するんだ」


呟きながら、蓮司は口元をぬるく歪めた。

笑っている。でも、それは感情の表出ではない。

計算ではなく、観察者の興奮だった。


「……叩いたときの顔、最高だったよ」


蓮司の声が、今度は少しだけ低くなる。

その響きには、確かに微かな熱が混ざっていた。


「びくってしてさ。顔、真っ赤になって、でも目だけは絶対に逸らさなくて」


その手で、何度も同じ言葉を叩き返されたような顔をして、

蓮司は笑う。


「──日下部のため?」


遥の体が、かすかに強張った。


蓮司はゆっくりとその顔を覗き込む。


「それとも、自分のため? “あんなことされたのが自分だけじゃ嫌”って、思った?」


それは遥の中の罪悪感を抉る言葉。

けれど蓮司の声は、いつになく優しく、慈しむようだった。


「どっちでもいいけどさ──」


蓮司は、その場でしゃがみ込んだ。


遥の視線と、同じ高さに降りてきて、ゆっくりと笑う。


「……やっぱ、おまえ面白いよ。ほんとに」


その目が、ぞっとするほど真っ直ぐだった。

支配ではない、哀れみでもない。

けれど、それでも逃れられない“熱”があった。


「もっと見たくなったよ。その“怒る顔”も、“怯える顔”も。……きっと、全部綺麗だから」


そして蓮司は、もう一度、頬を撫でた。

さっき遥が叩いた場所を、指先でゆっくりなぞる。


「……また、叩いてね」


小さく囁くように言って、

蓮司はそのまま、遥の真正面でじっと見つめていた。


まるで──「選ばせて」いるかのように。


静寂の中で、空気だけが重たく動く。


そして──その場面は、途切れる。


この作品はいかがでしたか?

35

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚