テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
〜吉田side〜
勇斗が無事に復讐を果たした、次の日の夜。
僕たちは、行きつけの居酒屋のカウンターへ再び集まっていた。
「いや〜! まじでお疲れ! 乾杯!!」
勇斗がやけに高いテンションで生ビールのジョッキを突き出してくる。
僕と、営業活動をしながら裏で泥臭く動き回ってくれた太智が、それぞれ苦笑しながらジョッキを合わせて乾杯の鈍い音を響かせた。
いつもと同じはずの酒が、今日はやけに美味しく感じた。
「まじで仁人と太智がいなかったら、あいつをあそこまで完璧に潰すことはできなかったわ。二人とも本当にありがとな」
勇斗は少し目元を赤くしながら、僕と太智に向かって何度も何度も頭を下げた。
「頭上げろよ、勇斗。お礼なんていらないって、前も言っただろ」
「そうやではやちゃん。僕らいつから一緒やと思っとるん?水臭いこと言いなや。
……まぁ、あのクズの絶望しきった顔を見れんかったんは心残りやけどな〜!」
太智がいつもの飄々とした笑顔で、ガハハと笑いながら唐揚げを口に放り込む。
「これからはさ、あいつも仁人のもとで安心して仕事できるわけだし。俺は明日からもお兄ちゃんとして、あいつの未来を全力で応援していくわ!」
誇らしげに柔太朗の未来を語る勇斗。
その瞳には、自分の恋心を完全に押し殺して、ただ『無害な兄』として柔太朗の幸せだけを願い続けようとする、気高い決意が宿っていた。
「あ、そういえばさ、柔太朗のやつ、俺の事覚えてないっぽい…。だから俺、初対面のふりしてるから」
「あぁ、やっぱりか….。あいつあの辺の記憶曖昧なんだよ。…悪いけど、無理に思い出させたくないからさ…ごめん、嘘つかせるけど」
勇斗が申し訳なさそうに頭を下げた。
「だから別にいいって。その感じで接するわ」
「ほんとごめん」
「おう、いーよー」
僕はなんでもないふうに返事をした。
太智がトイレに行くため席を立ち、2人きりになった時…。
「なぁ仁人」
ふいに、カウンター席の隣で、勇斗が僕の顔を真っ直ぐに見つめてきた。
そして、その大きくて温かい手のひらが、僕の頭の上にぽん、と置かれる。
あの日、病院の薄暗い病室で置かれたときは世界の終わりみたいに傷ついたその手のひらが、今日はどうしようもないくらい愛おしくて、温かかった。
「お前が俺の親友で本当によかったわ。まじで、好きだわ」
あいつはニカッと、僕が世界で一番大好きな、あの太陽みたいな笑顔を見せた。
もちぷよ
1,197
#山中柔太郎
65
「……うるさい。何言ってんだよ、気持ち悪い」
僕はフイッと視線を外して、いつもの素直じゃない口調で応えた。
もちろんあいつの口から出たその“好き”の意味が、僕の抱いているものとは決定的に違うことくらい分かっている。
分かっているけど、それでも胸の奥が張り裂けそうなほどに嬉しかった。
勇斗を一途に好きでいた事が少し報われた気がして、胸の奥が切ないくらいの愛おしさで満たされていく。
そして少し時は戻って…、柔太朗が僕たちの会社へやってきた、入社初日のことだ。
「本日より配属になりました、山中柔太朗です。よろしくお願いします」
僕の直属の部下として挨拶をしたその青年は、緊張した面持ちで深く頭を下げた。
山中柔太朗。
勇斗の愛する人。
いざ彼が目の前に立った瞬間、心臓の奥がドクンと嫌な音を立てて跳ね、全身の血の気が一瞬で引いていくのを感じた。
僕は、あの騒がしい居酒屋のカウンター席で、一目惚れした勇斗の姿を隣で見ていたあの夜のことを、鮮明に思い出していた。
――金曜日、また待ってるって言ってたわ。
あの日、親友の仮面を被って、僕が自分の口から勇斗に伝えてしまった、あの柔太朗からの約束の言葉。
あの伝言さえ僕が伝えなければ、勇斗が彼を助けることも、2人が一緒に暮らすこともなかったかもしれないのに。
自分が2人を結びつける最悪の引き金を引いてしまったのだという後悔が、ずっと胸の奥に冷たく引っかかったままだった。
差し出された履歴書を持つ指先が震えそうになるのを、僕は奥歯を噛み締めて必死に抑え込んだ。
「山中くん、ここが君のデスク。僕が直属の上司になる吉田だ。分からないことがあれば、何でも聞いて」
「はい。吉田さん、よろしくお願いします」
僕の目を真っ直ぐに見つめ返してくる彼の瞳には、なんの警戒も、見覚えのある気配すらもなかった。
彼が負った深いトラウマの濁流に、僕と交わしたあの夜のラリーすらも、綺麗さっぱり押し流されてしまっている。
彼は、何一つ覚えていない。
僕だけが勝手に、あの日からずっとこの顔と声を思い出しては一人で苦しくなっていただけ。
だけど、それで良かった。
彼は丁寧な、だけどどこか壁を作ったような笑顔を僕に向けた。
しかし、その初日の挨拶回りの時、ひとつの、どうしようもない『奇跡』が起きていた。
フロアの片隅で、太智と同じ営業部のデスクから弾かれたように立ち上がったのは、曽野舜太だった。
そして、遠藤との再会の恐怖にまだ怯えていた柔太朗の瞳に、その瞬間、パッと懐かしい光が灯ったのを僕は見逃さなかった。
のちに太智から聞いた話では、曽野とは高校の同級生らしい。
そして今現在までずっと、柔太朗のことを一途に想い続けていたらしい。
それこそ、もう二度と会えないかもしれないと諦めかけていた中で、こうして同じ会社でまた会えるだけで幸せだと、涙を流すほどに。
それからの数ヶ月、勇斗が遠藤を社会的に抹殺するための裏工作が動いていたあの水面下で、二人の距離はゆっくりと、だけど確実に近づいていった。
「山中くん、営業の曽野からこれ、データ入力の確認お願いだって」
「あ、しゅんからですか? ありがとうございます。すぐやりますね」
曽野からの依頼の書類を受け取る時だけ、柔太朗の横顔に、僕の前では決して見せないようなあどけなくて無防備な笑みがこぼれる。
最初はぎこちなかった二人が、いつしかお昼休憩を一緒に過ごすようになり、仕事終わりに待ち合わせて帰るようになり……。
気づけば、お互いが隣にいるのが当たり前のような空気をまとい始めていた。
それは、誰が見ても、新しい恋の始まりだった。
「じんちゃん、またそんな顔で書類見つめて…。紙に穴あくで」
午後、デスクで手を止めていた僕の隣に、太智がそっとコーヒーを置きながら声をかけてきた。
「……あぁ、太智」
「まぁ、気になるんは分かるけどな。うちの営業部のエースと、じんちゃんの大切な部下くん、最近まじでええ雰囲気やし」
太智はそう言って、僕の視線の先…、フロアの入り口で、営業用のファイルを手渡しながら親しげに笑い合っている柔太朗と曽野の姿を、静かに見つめた。
「あのさ、太智。……俺、本当に最低だわ」
僕は奥歯を噛み締めて、胸の奥底で渦巻くどろどろとした本音を絞り出した。
「勇斗はさ、今もお兄ちゃんのフリをしてまで柔太朗を必死に守り続けてる。あいつ、もし柔太朗に好きな人ができたって知ったらどれだけ傷付くだろう。
……考えるだけで胸が張り裂けそうなくらいあいつが心配」
「うん……」
「なのにさ、俺……」
言葉を続けるのが自分でも情けなくて、惨めで、吐き気がした。
「もし、柔太朗が曽野と結ばれたら。……勇斗の想いがさ、消えるんじゃないかって。そしたらあいつの隣がまた空くんじゃないかって。
……最低な期待をさ、一瞬でも抱いちゃう俺ってさ……。
ほんと、嫌いになるわ。自分が」
必死にこらえていた涙が溢れ、机の上の書類に小さな染みを作った。
必死に声を殺して泣く僕の頭を、太智は何も言わずいつものように、だけど今までで一番優しくごしごしもどかしそうに撫でた。
「ええんよ、じんちゃん。自分の恋を諦めきれんのは、それだけはやちゃんのことが一途に好きやからや。自分をそんなに責めなや。
……でもな、僕が言えるんは、はやちゃんが自分の覚悟で選んだ道や。あいつらがどうなろうと、じんちゃんが心を痛める必要はどこにもないでな」
太智はそう言うと、僕の代わりに泣いてくれるような、切ない笑顔を向けた。
「……うん。ありがと、太智」
僕は目元を乱暴に拭うと、太智が置いてくれたコーヒーの温かさを手のひらに感じながら、もう一度前を向いた。
to be continued……
コメント
2件

素敵な作品ありがとうございます!