テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
もちぷよ
1,197
#山中柔太郎
65
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
~吉田視点~
「しゅん、これ、頼まれてた営業のデータ修正終わったよ」
「うわ、まじで!? じゅう、ありがとう! めっちゃ助かったわ!」
僕のデスクのすぐ隣で、柔太朗が営業部の曽野にクリアファイルを手渡していた。
「しゅん」「じゅう」お互いをそんな愛称で呼び合う二人の間に流れる、どこか特別で穏やかな空気。
だけど太智から聞いた話では、二人は高校時代から特別仲が良かったわけではないらしい。
当時は、そのあまりに浮世離れした美しさゆえに、顔目当てで近づいてくる下心まみれの人間たちや、電車などでの悪質な痴漢被害に怯え、すでにはげしい人間不信に陥っていた。
誰とも群れず、人付き合いを完全に断ち切っていた、孤独な高校時代。
そんな彼を、曽野は高校のときのあるきっかけからずっと遠くで見つめ、今現在まで一途に想い続けていたらしい。
「これ、こないだ言ってたドーナツ屋さんの!今日たまたま近くで用あったから、買ってきたんさ。はい、これじゅうの分な!」
「え、わざわざ買ってきてくれたの? 嬉しい、ありがとう。……あ、でも俺、これ持って帰って、お家で大切に食べようかな〜!」
そう言って、柔太朗は本当に嬉しそうに無邪気な笑顔を咲かせた。
ドーナツの箱を愛おしそうに胸に抱える彼を見て、僕は胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚を覚えた。
柔太朗は勇斗と一緒に住んでいることも、家での出来事も、曽野の前ではほとんど口にしない。
だけど、だからこそ曽野にとってはその『隠された私生活』の存在が何よりも高くて見えない、冷たい壁のように感じられているはずだった。
それでも、曽野の向ける視線は明らかに違っていた。
それはただの友達に向けるものじゃない。
誰が見ても分かるくらいに……。
「じゅう、明日さ、仕事終わりにご飯行かん
?」
「うん、行く! お家にも連絡しておくね。しゅんと出かけるの、すごく楽しみ」
少しだけ照れくさそうに笑い合う二人。
そこへ外勤から戻ってきた太智が、僕のデスクの隣にそっと腰掛けて、周囲に聞こえないほどの低い声で話しかけてきた。
「……じんちゃん。またそんな、なんとも言えん顔して見つめて」
「あぁ、……太智か」
「まぁ、気になるんは分かるけどな。にしても舜太のやつ、まじで柔太朗くんのこと大切そうに見つめとるわ。
……あいつ、『また会えただけで奇跡やから、これ以上は何も望まへん』とか言うときながら、目が完全に恋する男のそれやん」
太智は肩をすくめて苦笑いしながら、フロアの入り口で嬉しそうに明日のごはんの約束を交わしている二人の姿を静かに見つめた。
僕はその視線の鋭さに胸の奥をキリキリと軋ませながら、手元の書類を強く握りしめた。
~佐野視点~
「はやちゃん、今日のご飯、楽しみにしててね」
リビングのソファから、ジャケットを脱いだ柔太朗が声をかけてくる。
「お、おう。サンキューな。……でも、まじで無理すんなよ?」
「もう! 大丈夫だってば。俺、はやちゃんのために何かしたいって思って料理始めたんだから」
柔太朗はふわりと天使のように微笑むと、キッチンへと向かい、慣れた手つきでエプロンを身に付けた。
トントン、と小気味よい包丁の音がリビングに響き始める。
その背中を見送りながら、俺はソファに腰掛け、温かい気持ちと同時に、小さく胸を撫面をおろす。
遠藤を社会的に完全に抹殺し、柔太朗を安全な別会社へと転職させてから、俺たちの日常にはようやく穏やかな平和が戻っていた。
何より嬉しかったのは、柔太朗が「はやちゃんに元気になってほしいから、何かお礼がしたい」と、不器用ながらも俺のために料理を始めてくれたことだった。
あいつが一生懸命作った手料理を、一緒にこの部屋で食べられる幸せを感じずにはいられない。
そして俺への感謝のためにキッチンに立ってくれるあいつの姿は、この部屋の温もりは、お面の奥に激しい恋心を隠し持っている俺にとって、何よりも甘くて特別な独占欲を満たしてくれる時間だった。
だけどそれは、俺がお兄ちゃんだから得られる特権だということはわかっていた。
だからその仮面をつけて、今日もこいつを見守り続けている。
そしてこれからもずっと……そう、思っていたはずだった。
――なのに、最近。
本当にごく些細な、言葉にすることすら躊躇うような『違和感』が、俺の胸の奥で静かにじわりと広がり始めていた。
「ねぇ、はやちゃん。今日さ、会社でね、えっと……営業の人で、仲良くしてもらってる人がいてさ。その人、高校のときの同級生なんだけどね? その人がすごく美味しいドーナツ屋さん教えてくれて、これ、わざわざ買ってきてくれたんだ! 今度の日曜日、一緒に行かない?」
出来上がった夕食のテーブルを囲んでいるとき、柔太朗が嬉しそうに紙箱を差し出してきた。
テーブルの上には、柔太朗が「はやちゃんのために」と一生懸命作ってくれた美味しそうな手料理。
今ここでこの料理を食べられるのは俺だけの特権のはずなのに、あいつの口から真っ先に出たのは、俺の知らない誰かから貰ったというお土産の話だった。
「今日も美味そうじゃん! 作ってくれてありがとな! ……ドーナツもサンキュー。日曜日、いいよ、行こう」
「うん、楽しみ! ……あ、そのドーナツくれた人ね、舜太っていうんだ。まさか同じ会社にいるなんて思わなくて、挨拶回りのとき本当にびっくりしちゃった。
でも“しゅん”とまたこうして話せるなんて、なんかすごく嬉しいなって思って!」
「へぇ……世間って狭いな。良かったじゃん、気が許せる奴ができて」
俺はいつもの頼もしいお兄ちゃんの笑顔で、あいつの頭をくしゃくしゃと撫で回した。
他愛のない、よくある世間話。
柔太朗だって、ただ純粋に心を許せる友達ができたことが嬉しくて、俺に話してくれているだけなのだろう。
その証拠に、あいつの顔には濁りのないまっさらで無垢な笑顔ししかなかった。
だけど、その時の柔太朗の、あまりにも無防備に心の底から弾むように笑いながら口にした“しゅん”という響きが、なぜか俺の心の奥に妙な引っかかりを残した。
気のせいだ。
そう自分に言い聞かせた。
ただの古い友人の名前に、俺が過剰に反応しているだけだ、と。
だけど一度芽生えた違和感の種は、日々の中で少しずつ、その輪郭を大きくしていった。
to be continued……