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五
「梨々菜さ〜ん」
聖美は滑りやすい斜面を、足をフル回転させて登り切った。そこは頭上を黒雲が覆っていて、稲妻が何本も走っていた。
「いた」
梨々菜のすぐ頭上にある黒雲から、連続で稲妻が落ちている。膜で防御しているからダメージはないが、轟音を遮断することは出来ないので、雷嫌いの梨々菜には精神的ダメージが募っていた。
「梨々菜さん」
「え?」
轟音の合間に聞こえてきた聖美の声に反応して、梨々菜が振り返った。
「危ない。膜」
聖美の頭上が渦巻いたと思ったら、身体を何かが覆った。
「ありがとう。梨々菜さん」
どうやら閻で守られていると理解した聖美は、急いで梨々菜の元へ走った。
「聖美さん。どうしてここに」
「羅々衣って人に会って、脚に閻をかけてもらったの。倍加とか言ってた」
「そうでしたか。きゃあ」
再び、稲妻と轟音が襲ってきた。梨々菜は耳を思いっ切り塞いだ。
「雷ダメなんだ」
「恥ずかしながら」
「誰にでも苦手な物はあるわ。私だって犬がダメだし。高所恐怖症だし。と、それは置いておいて、雷をなくすには、どうすればいいの?」
「すみません。あの男が持っている杖を、手から離してくださいますか」
どこかに隠れていた男が出てきていて、杖を振りかざしている。バチバチと音を立てて雲と繋がっていることからも、あれが雷を発生させていることが分かる。
「向こうの攻撃は、膜の外側までなら防御できますが、男が膜の内側に入ると無効化しますので、気を付けてください」
「うん。分かった」
聖美は頭をフル回転させて、どうやって杖を奪おうか考えた。
―――雷は上から来るから全部、防げる。問題は拳銃よね。何発、持っているのかな。
膜の内側に入ったときに拳銃で撃たれたりしたら流石に、どうしようもない。出来ることなら弾切れを待ちたいが、そんなに間抜けではないだろう。
警官が所持している拳銃は、主にリボルバーの三十八口径で弾は六発なのだが、聖美がそんな知識を持っているはずがない。
そんなことを考えていると、男が少しずつ近付いてきた。
―――考えている余裕はないわ。突っ込むしかない。
聖美は覚悟を決めて突進した。もともと百メートルを十四秒弱で走るが、今なら半分の七秒前後で走ることが可能だ。これを時速にすれば、約五十km/hで走ることになる。
予想外の速さに慌てた男は、思わず銃を乱射してしまう。あっという間に六発を撃ちきり、引き金を引いてもカチカチと音が鳴るだけになった。
次の弾を装填する時間など無く、どんどん近付いてくる聖美に向かって、金属で出来た拳銃を武器に殴り掛かろうと待ち受けて構えた。
あとちょっとで接近戦かという距離に来たとき、聖美は男の視界から姿を消した。横にステップした聖美のスピードに、まったくついてきていない。大木を利用して三角飛び蹴りをお見舞いした。
「えい」
見事、杖を持っていた左腕に直撃した。
あまりの衝撃に弾き飛ばされた男の身体が、空中で一回転をして地面に転がった。男の手から離れた杖が、着地した聖美の足下に転がってきた。
「これね。梨々菜さ〜ん。やったよ」
それを拾い上げた聖美は、振り返って大きく掲げた。
梨々菜を見ると、聖司を助け出しているところだった。男が聖美に気を取られて雷がやんでいたから、動くことが出来たのだ。
崖から這い上がってくる聖司の姿を確認した聖美は、自分が役に立ったことを誉めて欲しくて、大きく手を振った。
「聖美、気を抜くな」
「え?きゃあ」
後ろを見ると、起き上がった男が鬼の形相で迫ってきていた。両腕を振り下ろして、聖美の肩をガッチリと掴まえた。
「いや〜。助けてぇ」
聖司に助けを求めると、カメラのレンズを取り替えていた。聖司の道具がカメラだと知らない聖美は、『何で来てくれないの?もうダメ!』と思った。その時、辺りが明るくなり次の瞬間、男が断末魔の悲鳴を上げた。
聖美に寄り掛かるように倒れ込んでくる。
「ん〜、重いよ〜。わわっ。何か出てきたよぅ」
男の身体から立ち上る煙を恐がっていると、二人が安堵の表情を浮かべながら近付いてきた。
「あっ、ダメ」
重みに耐えきれなくなった聖美は、男もろとも倒れて下敷きになった。
「ははは。大丈夫か、聖美」
「笑ってないで、助けてよ」
「分かってるよ。梨々菜、そっちを持ってくれ」
「はい」
男をどけてもらい、やっと軽くなって一安心した聖美は、聖司に抗議した。
「なんで写真なんか写してたの?早く助けに来てよ」
「カメラで写すことが、俺の攻撃なんだから仕方ないだろう」
「そうなの?」
梨々菜の方を見て確かめる。
「その通りです。今までで一番、速かったですよ。レンズを替えてからシャッターを切るまでのスピードが」
「そうかな」
「はい。聖美さんを助けるためですから。集中力が高かったです」
照れ笑いを浮かべる聖司。
「そうなんだ。じゃあ、許してあげる。あっ、そうだ。梨々菜さん、はい、これ。」
梨々菜は杖を受け取ると、閻を唱えた。
「還」
梨々菜の手から杖が消える。
「あの杖は、天界の物だったのか」
「はい。閻魔様の所有している道具の一つです。罪人が脱走するときに盗まれていたようです。ですが、杖があった場所は厳重に守られているはず。どうやら内通者がいるようですね」
「罪人の手引きなんかして、何か利益があるのか?」
「さあ。それは分かりませんが」
何を話しているのか理解できない聖美は、口をポカンと開けて黙って聞いていた。
「聖司さん」
「ん?そうだな。聖美には説明した方が良いな。走りながら説明しよう」
呆然としていた聖美に気が付いた二人は、鏡がある場所に急ぎながら、簡単に今までの経緯を話した。