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六
二人が初めて出会った日から今日までの、聖司が体験してきた出来事を聞かされると、聖美の表情は段々と真剣になってきた。
「驚いただろう。信じられないとは思うけど」
「ううん。信じられるよ。あんなに速く走って、遠くまで跳んで、銃で撃たれて。こんな体験をしたら、信じないわけにはいかないわ。今も、余裕で走っているし」
聖司は全速力で走っているのに、聖美はジョギング感覚で十分、同じスピードを出すことが出来た。
「巻き込んでしまって、すみません」
「梨々菜さんが謝ることないよ。羅々衣さんに危ないって言われても、行くって決めたのは私自身なんだから」
むしろ今は、来て良かったとさえ思っていた。聖司の役に立ったのだから、これ以上のことはない。
「ありがとう、聖美さん」
「サンキュウ、聖美」
聖美は二人に礼を言われて、満足の笑顔を見せる。
「あっそうだ。聖ちゃん。今の事って、瀬名さんは知っているの?」
「少しは知っているけど、ここまで詳しくは知らないぞ。何で瀬名が出てくるんだ?」
「いいじゃない、そんなこと。もうすぐ夜明けだね」
夏の夜明けは早い。山の向こうから、少しずつ明るくなってきていた。
不思議そうな顔をしている聖司を見てほくそ笑んだ聖美は、真衣香よりも一歩も二歩もリードしたことが嬉しかった。
「もうすぐそこです。早く回収して、お風呂に入りたいですね」
梨々菜は泥だらけ、埃だらけという無惨な二人を見て、更に自分の身体も見て笑った。
「三人とも酷い格好だね。そうだ。あの露天風呂に行こうよ。ねっ、聖ちゃん」
「そうだな」
「あっ、あれです」
梨々菜が、見えてきた洞窟の入口を指差した。
「あの中にあるんだな」
「はい」
「どうしたの?聖ちゃん」
聖司がカメラバックの中身を確認している。
「大丈夫だとは思うけど、フィルムが間に合うのか心配でな」
気にすると、あまり良いことが起こらないものだが、案の定、最後の敵はフィルムを浪費しそうな相手だった。
「やだ。カラスの大群?」
何か黒い物が洞窟の前に集まったと思ったら、それは何十羽ものカラスの大群だった。何羽かが連隊を作って、三人に突っ込んでくる。
「膜」
カラスは次々に膜に突っ込んでは、跳ね返されるのを繰り返す。堪らず一端、足を止めると、膜で覆われた三人をグルグルと取り囲んだ。
「気持ちわる〜い」
「どうしますか。聖司さん。止めますか?」
「いや、いいよ。流し撮りで仕留めるから。それにしても、数が多いな。フィルムが足りるかどうか」
流し撮りとは、被写体のスピードに合わせてカメラを横へスライドさせながらピントを合わせる技法で、難易度が高い。
「頑張れ、聖ちゃん」
「よしっ!」
聖美の応援を背に受けて、気合いを入れた。
聖司は覗きながらカラスのスピードに身体を慣らすと、何回も左右に身体を捻りながらシャッターを切り続けた。
失敗もあったが、成功すれば一度に数羽を仕留めていった。ヒットしたカラスから、気味の悪い鳴き声を発しては墜ちていく。膜の中以外の地面が、黒く染められていった。
「すご〜い。どんどん落ちるよ」
立ち上った霊が、どんどんレンズから吸い込まれていく。一本撮り終えてフィルムを取りだしては、梨々菜が『灼』でどんどん焼いていく。
「あと少しだ」
数が減ってくると、ピンポイントで合わせないといけないので、更に難しい。
「あれでラストだよ。ちゃんと狙ってね」
「分かってるよ」
フィルムは残り僅かとなっていた。洞窟の中でも何が待っているか分からないから、使い切るわけにはいかない。
聖司は最後のカラスが、膜に当たってスピードが落ちたところ狙った。
「そこだ」
「カァ」
一鳴きして墜落すると、最後の霊を吸い込んだ。
「間に合った」
「聖ちゃん、お疲れ。ところで、どうやって進むの?踏んでいくの嫌だよ」
「俺もだよ。もうすぐ、どけるだろう。なあ梨々菜」
「そうですねぇ」
足の踏み場もないほど敷き詰められたカラスを眺めながら困っていると、その中の一羽が起き上がった。そのカラスが二、三回鳴くと、他のカラスが一斉に起きあがった。どうやら、この群のボスらしい。
「なんだ。死んだ訳じゃなかったのね」
「ああ。正気に戻ったんだ」
ボスの合図があり、黒い絨毯が浮き上がり飛び去っていくと、何もなかったかの如く元の山道となった。