テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#食
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
そんな豊の戸惑いを知る由もない風で、蓮美は真剣そのものの表情で野菜炒めならぬ肉炒めにがっついている。
豊も一緒にごはんを食べたが、炊飯ジャーのほとんどの白米は蓮美が平らげた。
そんな事は豊にとって蓮美を嫌う理由にならない。むしろ可愛いとすら感じる。
今夜はきのうほど食べ物を欲さない蓮美。と言っても米10合近くをいっぺんに食べてしまったのだから大差はないか。
「フー」
蓮美は満足したらしく。ソファーにだらしなく座った。
食器を片付け洗う豊。
「蓮美、美味しかった?」
「うん。ありがとう、豊。あたし、おなかが空いていないわ」
泣きそうな声で蓮美が言う。切なげだ。感極まっている様子に見える。
「それなら良かったよ、蓮美」
空っぽになったフライパンも丁寧に洗って行く豊。
「豊、後でまたあたしの話を聴いて下さいますか?」
洗い物が終わらぬ豊はニコリと顔だけ振り向き「もちろん、良いよ」と蓮美に返事をした。
――――皿を洗うとスッキリとする。いつもそうだ、豊は。気分が一新される心地がする。
「お待たせ、蓮美。ルイボスティーの冷たいの、飲むかい?」
「うん、戴きます」
豊は気に入っている切子硝子のグラスに冷えたルイボスティーを注ぎ、蓮美のいるテーブルへ運んだ。そして隣に腰掛けた。
さりげなく蓮美の細い腰を抱く豊。これから蓮美はなにか真面目な話をしようとしているのにムラムラして来てしまう。でも豊は、そのまま腕を蓮美の腰に回している。
「豊……これから話す事、ヤキモチを妬かないで下さいね。あたしは今、豊の事しか見えない」
「うん。わかった」
「あたし、なんとなく話したくなったの、豊に。初恋の事よ。幾つだったと思う?」
ほんのちょっぴり楽しそうに蓮美が笑った。
「う~ん。小学4年生ぐらい、かな?」
「ブー、はずれ! おませだったの、あたし。1年生よ、7歳の頃男の子にときめいたの」
「そっか~。早熟だね」
豊は、少しだけ蓮美の腰を自分のほうへ引き寄せた。
「アハ、うん。でもね、パパの仕事の都合で引っ越したからすぐお別れになっちゃったんだ」
「そうだったの」
「ネー、豊の初恋は?」
「え~、そんなの聴きたいの? 蓮美、嫉妬しない?」と言った瞬間、またも世界が色をなくした。
古い写真が経年を物語るような薄い茶だ。
隣で相変わらず微笑んでいる蓮美だけが色を有している。
「どうしたの?! 豊? 豊」
豊は冷や汗をかいていた。遠くから聴こえる蓮美の呼び掛けに意識と色を取り戻した。
気づくと蓮美が心配そうな顔をして手を握りしめ豊を見つめている。
豊は正直に言った。
「なぜだかわからない。この頃、突然辺りがセピアカラーに変わる瞬間があるんだ」
「え!」
蓮美は声を上げ「どういう事?」と訊く。
「うん。セピアカラー、古い写真みたいな色に見えるの。それで、実は眼科へ行ったんだ。目の調子が悪いのかと……。眼科では異常なしだった」
「なにかしら……」
蓮美は豊を気遣い、髪の毛を優しく撫でている。
「あ、ああ。ごめんね、心配かけて、蓮美。オレの初恋バナシだったな」
「うん、うん」
豊が普段通りになったのに安心したのか蓮美は思い出したように相槌を打った。
しかし、初恋の話をしようとするとまた同じ事が起きた。
「大丈夫?! 豊」
「うん。疲労かなー。少し横になるね」
「あたしも添い寝するわ」
「うん、蓮美」
――――豊は20分ほどベッドに横たわっていた。隣では蓮美が静かにしていた。
起き上がった豊に蓮美が言う。
「初恋のお話はもうやめましょう。どうしてかわからないけど豊の具合が悪くなるもの」
「うん」
豊は蓮美の頬に手をやりキスをした。と、その時だ。
グゥ――――……。
蓮美のおなかが鳴った。蓮美は米を約10合と3人前分の肉だらけの野菜炒めを食したのだったが……。
「蓮美、おなかが空いたのかい」
優しく豊がそう言うと「うん」
蓮美の頬を伝う涙。
(苦しんでいるのだな、蓮美。クリニックへは通っているのだろうか……)
そんな事を考えつつ豊は「待ってね、蓮美。すぐ焼きそばでも作るから。具がもやしと豚肉だけなら早い」と伝える。
蓮美は声を押し殺し泣きながら頷いただけ。