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『動物はねぇー、食べ物の名前三文字で名付けると長生き出来るんと〜』
どこから聞き齧ってきた情報かは知らないが、一部の飼い主たちの間でまことしやかにそんなジンクスが流れているらしい。
『嘘かホンマかは知らんけどね、あやかるぐらいはえかろぉ?』
両親が声をそろえてそう言うので、実篤は「そうじゃね」と答えておいた。
***
さて、かつてはそんな両親と、弟や妹とともに家族五人でワイワイ暮らしていた生家は、今や実篤ひとりで住まう殺風景なものになってしまっている。
弟の八雲は東京の方の大学に進学したのを機に、就職もあっさりそちらでしてしまった。
商社マンとかそう言うのになるのかと思いきや、子供の頃に取った杵柄とでも言うのだろうか。
大手スポーツジムが経営するスイミングセンターのインストラクターになっている。
妹の鏡花も、そんなすぐ上の兄を倣ったように、今では都会の大手銀行に勤めるOLだ。
ふたりとも盆暮れ正月、山口県に戻って来られればいい方で、両親が広島に越してからは下手すると実篤も広島県に出向く形でワイワイすることも増えてしまった。
田舎の大きな家だ。
会社がある麻里布町まで車で約40分の由宇町に位置している実家は、かつては岩国市ではなく玖珂郡と呼ばれていた場所にある。
市町村合併で、今でこそまるっと「山口県岩国市」というくくりになってはいるが、旧市内と呼ばれる、合併前から岩国市だった地域と、合併後に岩国市になった地域とでは住んでいる人間側に何となく気持ちの隔たりがあって。
朧げではあるものの、よその地域から岩国市に働きに行っているという感覚が未だに拭えない実篤だ。
通勤のことを考えると、旧市内の方へアパートを借りるのも手かも知れんなぁとは思いはするのだけれど、家というものは住む人間がいなくなると傷むのも必定。
不便だ何だの言いながらも自分が住んでいる間はそれなりに庭の手入れもするし、屋内の掃除だってする。窓を開けて室内の空気を入れ替えたりもする。
そう言うのがなくなるのは「良ぉーないかも知れんけぇのぅ」とも思う実篤だ。
ガソリン代も高騰してきた今のご時世、片道20キロ近い通勤路はネックではあるのだけれど、生家への愛着もあって色々と悩ましい。
***
祭りの日、もらったチョココロネを食べながらくるみと他愛もないことをあれこれ話して。
怖い目に遭ったばかりだというのに、実篤と会話しているうち、少しずつだけどコロコロと鈴を転がしたような声で笑って、花が綻ぶような可憐な笑顔を見せてくれるようになったくるみに、実篤は心の底からホッとしたのだ。
そうして同時に思った。
「木下さんは強い子じゃね」
と。
何気なく思ったままを口にしたら、「うち、ちっとも強くなんかないですけぇ」とポツリと落とされた。
くるみはそれまで、実篤の前ではずっと、自分のことを「私」と称していた。
それなのにポロリと素がこぼれ落ちたみたいに「うち」という自称とともに、ふぅっと吐息を落としたくるみの横顔を見て、実篤はその色っぽさにゆくりなくドキッとさせられて。
「俺、くるみちゃんのこと、凄く好きじゃわ」
話してみて分かったのだが、今31歳の実篤に対して、くるみはまだ24歳で。
恐らく、「末の妹と同い年じゃったか」と言う思いが働いたんだろう。
ついくるみの無意識につられるみたいに、呼び名すら「木下さん」から「くるみちゃん」に飛躍してしまって。
それだけならまだしも、よりによって好きだという本心までもツルリと口に出してしまった実篤は、当然のようにくるみに「えっ?」と驚かれた。
そうして、情けないことにそんなくるみの反応を受けて初めて、実篤自身も己の失言に気がついて「えっ!?」と瞳を開くというグダグタぶり。
「……あっ。ちょっ、待っ――。えっと……ひょっとして俺っ。いま何か滅茶苦茶余計なこと言ったり、した……?」
思わず顔半分を覆い隠すように片手を顔に当ててバツ悪く言い訳めいたことを言ったら、ほんの束の間沈黙した後、くるみがクスクスと笑い出した。
「今の、余計なことじゃったんですか?」
言って、実篤の顔を下からヒョコッと覗き込んできたくるみに、実篤はタジタジだ。
「よっ、余計なことっちゅーわけじゃない、けど……。その……ええ歳したオッサンが言うにゃぁ、やっぱ恥ずかしいけぇさ。頼むけ、忘れて? そ、それにっ。さっき会ったばっかでこんなん、木下さんもさすがに気持ち悪かろ?」
自分でも思ったのだ。
いい年をした男が、歳の離れた可愛らしい女の子に一目惚れしたと言うだけでも結構赤面案件で、なるべくなら誰にもバレたくない感情なのに。
あまつさえそれを即日、本人に言ってしまうとか……有り得んじゃろ? 俺、馬鹿なん?と。
「……栗野さんがどうしてもって仰られてんならそう出来るよう努力しますけど……。でも、えっと……気持ち悪いとか思ったりはせんかったですよ?っ言ーんだけは知っちょって頂きたいです」
そこまで言って、くるみは「関係ないですけど私……」と言い掛けたのを、わざわざ「うち」と言い直してから、「関係ないですけどうち、栗……さねあつさんにくるみちゃんって呼ばれるん、何でか良く分からんですけど懐かしい感じがしてキュンときちゃいました」とか。
実篤は、年下の女の子の突拍子のなさにただただ驚かされるばかりで。
「栗野さん」から自分の呼ばれ方が「実篤さん」に辿々しくグレードアップなされたことにも思いっきりドキドキさせられた。
(俺、この子に翻弄されまくりじゃん。ひょっとしてくるみちゃん、小悪魔なんじゃなかろーか?)
そういえば、七つ歳の離れたくるみと同い年の妹鏡花も、今の彼女同様、たまにぶっ飛んだことを言うんじゃったわ、と思い出して苦笑の実篤だった。