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毎週木曜日になると、くるみが移動販売車『くるみの木号』で『クリノ不動産』を巡回訪問する。

そんなことが去年の岩国まつり以降(十月末)からだから、およそ一年近く続いている。


滞在時間的には十分足らずだが、クリノ不動産所有の駐車場にくるみの木号が入庫すると、近隣の店の勤め人や、たまたま商店街に買い物に来ていた人たちも立ち止まって、くるみが丹精込めてひとつひとつ成形した手こねパンを買っていく。


商店街のアーケード下にある立地も手伝って、実篤さねあつの目論見以上に人だかりが出来てしまう。


結果、『くるみの木』を呼んだのは自分なのに、ちっともくるみと会話らしい会話が出来ないことが、目下の所の実篤さねあつの不満事項だったりする。



***



実篤さねあつさん、ごめんなさい」


それでもある程度客足が引いてくると、くるみは必ず車のそばで所在なく立ちん坊を決め込んでいる実篤さねあつに声を掛けてくれる。

くるみご主人様を待ちわびている強面こわもてな闘犬のようにしか見えない実篤さねあつだが、彼自身のげんによれば、くるみが揉め事に巻き込まれないよう〝この駐車場の〟ガードをしているだけらしい。


くるみからの、自分に向けられた笑顔を見るだけで、実篤さねあつはなかなか話せないでいた鬱憤うっぷんが、一瞬で吹き飛んでしまうのだ。



くるみいわく、この場所に週一で停車させてもらえるようになってすぐぐらいから、売り上げがグン!と伸びるようになったらしい。


そう言われると、惚れた弱みというやつか。


くるみ贔屓ひいき実篤さねあつとしては、「そりゃあかったわ」となって、その売り上げとやらにもっともっと貢献してやりたくなるのだ。


毎週、社員の人数分プラスアルファのチョココロネと、他に目に付いたパンの中から惣菜パンを中心についつい買い過ぎてしまう。


(ま、俺ひとりで食い切れんでも野田さんや田岡さんが「ええんですか!?」と嬉しげに持ってってくれるけ、問題ないんじゃけど)



「木曜日の売れ行きが他の日より好調なんは、絶対実篤さねあつさんのお陰じゃけぇ! ホンマ有難うございます!」


にっこり笑ってそう言われた日には、ついつい目尻が下がりまくってしまう。


そこでふと、先日テレビ電話の先、子猫の大豆ダイズ相手にデレデレだった自分によく似た強面こわもてな父親の、いわゆる顔を思い出した実篤さねあつだ。


(俺、いま絶対と同じ顔になっちょる!)


現に、いつだったかくるみと話している姿を見かけた経理の野田千春から、「社長凄いぶち不気味なんですけどっ!」と苦笑されたことがある。


正直周りにどう思われようが知ったこっちゃねぇわと思える実篤さねあつだが、その顔を常に見せられる羽目になっているであろうんかな?というのは気になって仕方がない。


「あ、あのさ、くるみちゃん。――俺の顔……」


何気なく、やたらストレートに「俺の顔、怖くない?」とか問いかけそうになって、「いや他に言い方があるじゃろっ」と思って口を閉ざした実篤さねあつだったが、くるみはキョトンとそんな実篤さねあつを見つめて――。


「もしかして……俺の顔、怖いかも知れん!とか何とか気にしていらっしゃるしちょってんですか?」


と怒った顔をされる。


そのまま両頬をムギュッと挟まれて、下からじっと見上げられてから、


「確かにパッと見はそうかも知れんですけど……実篤さねあつさんは目がすっごぉーくぶぅーち優しーんですっ! うち、実篤さねあつさんのお顔、怖くこぉーないですよ?って言っちょるのに……まだ信じられんのん?」


と言われたら、照れと恥ずかしさでますます顔がフニャリと崩れてしまう。


自信がなくてつい「俺の顔って怖いじゃん?」が口癖になっていて、実篤さねあつがそうこぼすたび、くるみはそれを全否定してくれていたのだけれど。


こんな風に〝目が優しい〟だの〝大好き〟だの間近でまくしたてられたのは初めてだったから、実篤さねあつは物凄くソワソワしてしまった。


(いや、いや、いやっ! そうじゃなくっ!)


「くっ、くるみちゃんっ!」


何ら悪びれた風もなくふわっと微笑んでそんなことをして、清々すがすがしいくらいにスパーン!と言い切るくるみに、思わず真っ赤になって周りをキョロキョロと確認してしまった実篤さねあつだ。


幸い誰にも――少なくとも従業員には――見られていなかったようでホッとする。



実は実篤さねあつ、あの祭りの後からおよそ一年をかけて、くるみとは何だかんだで〝良いお友達〟になれている。


親しくなればなるほど、くるみの屈託のない物言いに惹かれるとともに、時折どうしようもなく羞恥しゅうちプレイを強いられるようになってしまった。


女性従業員たちからはさすがに「社長、あのパン屋の女の子のこと好きでしょ?」と気取られてしまっているが、今のところすっとぼけて誤魔化している。


でも今みたいなことをされてしまっては言い訳のしようがないではないか。


(そりゃあ、俺だってこんな可愛い子が彼女になってくれたらええのぉとは思うちょるけど……)


そんなの土台無理な話じゃろとも思うのだ。


こうやって普通に親しげに話してもらえるようになれただけでも良しとしよう。


そう思っているのだけど。

社長さんの溺愛は、可愛いパン屋さんのチョココロネのお味!?

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