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仕事を終えて帰ろうと会社を出た、冬休み明け、ある日のことだ。
「坪井くん、こんばんは」
「え?」
声の方を見ると暗がりの中、街灯に照らされる女の姿があった。
明るめのブラウンの髪が綺麗に一つにまとめられて、聡明な雰囲気を持っている。
キリッとした顔つきからは、気が強そうなイメージを感じて。
少し背が高めだろうか。スラリと細身の、顔は……まぁそこそこに美人な類だろう。
(あいつとは、正反対のタイプだなぁ)
「……こんばんは。えーっと」
黒いロングのダウンコートを着込んでいるが、長い時間立ち続けていたのかもしれない。寒いのだろう、鼻が少し赤くなってしまっている。
そのまま顔をジッと眺めてみるが、わからない。長時間待ち伏せされるような心当たりも今はない。
(えー、マジで誰だっけ……見たことあるような、つい最近……)
何となく顔は知っているような気もするのだけれど、名前を知られている経緯など思い出せない。
「ごめん……誰、だっけ」
もちろん失礼な返しだとは思った。なんせ相手は『坪井くん』とご丁寧に名前を呼んでくれたのだから。
最近会ったことがある気がするなら、クリスマスのクラブか? とも思ったが、それならば名前を知っているはずもなく。
坪井が返事を待っていると目の前の女は不満そうに眉を寄せて、目を細め坪井を見据えた。
「女なんて出会いすぎてていちいち覚えてない?」
「え、いや……最近はそんな出会ってないかな」
女は「最近ねぇ」と吐き捨てるように言った後、坪井の余裕を奪うセリフを放つ。
「彼女できたもんね。一度こっ酷く振ったくせに、また性懲りも無くヨリ戻してさ」
「……え」
(これダメだな、撒けない)
真衣香の存在を、しかもかなり詳しく知っているのなら少々厄介だ。謝ってもう一度名前を教えてもらったほうがいいのか。そうするのが一番波風立たないのだろうか。
彼女が関係しているかもしれないとわかった途端、やけに慎重になってしまう。そんな坪井のことなどもちろん関係なしに目の前の女は話し続けた。
「てか見覚えないー? ひどいな。11月の合コンで会ったじゃん」
「11月って」
偶然に真衣香に会った、あの日のことか。
真衣香の隣に、いた気がする。いや、確かにいた。
(いたな、いた。あいつの友達、名前なんだっけ……最近色々ありすぎて覚えてないってゆう)
「あの時からずーっと、坪井くんの名前、どっかで聞いたことあるなぁって思ってたんだよね」
「……は、名前?」
(いや、こっちは必死にあんたの名前思い出そうとしてんだよ、ちょっと待って)
記憶を辿るが、相手の止まることのない声に気が削がれてしまう。
女は、こくこくと軽く何度か頷いてから更に言葉を続けた。
「あの子が泣いて電話かけてきた後、なんかやっぱ気になって。あんた胡散臭い男だったし、しかも何で初対面の私が名前知ってる気がしたんだろーって」
「あの子……って」
女は「わかるでしょ?」と目を細め、険しい顔つきになる。
「もちろん真衣香のこと。彼氏ができたって教えてくれた……そのすぐ後のことだったはず、だよね?」
バッグを肩に掛けて、腕を組み、カツンと苛立ちを表すようコンクリートにヒールを打ちつけた。
泣かせた、それについては反論することは何もない。
「そうだね」と、短く返した後が問題だ。どう言葉を返そうかと悩んでいると。