テラーノベル
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早朝から降り始めた雨は次第に強さを増し、昼過ぎには大雨になっただけでは無く、強風を伴って、徐々に暴風雨の様相を呈して来ていた。
砂利の中で、激流をやり過ごす手立てを覚えたあの授業から七日経っていたが、早くもその技術を試す時が来たと、ナッキ達若き銀鮒は揃って戦慄を感じると共に覚悟を決めていた。
いよいよ、風雨が強まってくると、若鮒達を案じた年長の鮒達も合流して、早々と砂利の中に身を潜めた子供達を守るように怠り無く周辺に注意を払っていた。
ヒットは一番最後まで残って、全身を隠し切れずにいる鮒を助けたりしていたが、全員が綺麗に身を隠したのを確かめると、自分も全身を器用に使って、砂利の中へと避難を遂げていたのである。
ヒットの頭の上では、慣れ親しんだ川の水は、まるで別の世界からやってきた恐ろしい生き物の様に、轟音を伴った恐ろしいうねりの群れと化しているのであった。
砂利の中に潜めていてもはっきり分かる、漉(こ)しきれずに濁った泥流(でいりゅう)が、若鮒達の鰓(えら)に重苦しく圧(の)し掛かり疲労をも殊更(ことさら)に蓄積させて行く。
ヒットは砂利を退かさぬ様に、小刻みに体を震わせて堪った泥を少しだけ洗い流し、何とか呼吸を続けていた。
ヒットは願っていた、自分の仲間の若鮒達も、年長の鮒達も、誰一人欠ける事無くこの嵐を乗り切れますように、と。
ともすれば、乱暴にも見える言動が多いヒットだったが、その殆(ほとん)どが仲間を案じる責任感による物であると、仲間達は彼に頼もしさを感じ、感謝もしていたのである。
――――オーリは器用でその上賢明だ、大丈夫だろう! ナッキに至っては、今や年長の鮒すら叶わない程の泳力の持ち主になった、あいつも心配要らないな! 問題はナッキ以外の小さい体の奴等だが…… 何とか無事に居てくれれば良いんだが……
そうヒットが思った瞬間だった。
悲鳴のような声が辺りに響き渡たり、大人の鮒達のざわめきがそれに続いた、どうやら、若鮒の一匹が流されてしまったらしい。
ヒットは反射的に体を砂利から外に出し、悲鳴の聞こえた方角を振り返ったが、その途端、全身に掛かった物凄い水圧で気を失いそうになってしまった。
「ぐっ!」
「しっかりしろ! 大丈夫! 正気を保つんだヒット!」
体勢を崩したヒットの体を支える様に、数匹の年長の鮒が身を呈して守ってくれていたが、励ましの声とは裏腹に、どの顔も必死の形相を浮かべ、誰一人余裕など微塵も無い事がヒットには見て取れたのだ。
非道い息苦しさの中でヒットは、これ程の激流の中、まともに泳げる鮒など居ないだろうと確信し、流されてしまった仲間の運命に絶望した正にその時だった。
若鮒達が身を隠した場所から少し離れた川の中央近く、今最も激しく唸って凶暴な濁流の真っ只中で、川底に敷き詰められた大振りの砂利を勢い良く飛び散らせ、口を真一文字に結んだナッキが流された仲間へ向かって踊るように泳ぎ出したのである。
馬鹿な、自殺行為だと誰もが疑い無く思った。
それ程この嵐は激烈を極めていたからだ。
それでも尚、ヒットは大きく体を一回震わせると、決死の覚悟を決めた。
ナッキを助けに行くと心を決意で満たし、流れに向かって泳ぎ出そうとした瞬間、ヒットの胸鰭を掴み、彼の覚悟を見透かしたかの様に、強い意志を持った視線で首を振って止めたのは、他ならぬオーリだった。