テラーノベル
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まだ何か言おうとするヒットに、彼とオーリを守る様に囲んだ年長の鮒の中から聞き慣れた声が低く、ただ非道く悲しく彼の発言に先んじて言葉を告げたのである。
声の主は、教師役の鮒だ。
「止めるんだヒット…… 気持ちは分かるが最早、この激流の中ではまともに泳げる鮒などいないだろう…… 諦めるしかないんだ……」
「だ、だけど先生っ! な、ナッキがっ!」
「お前まで死に急いではいけないっ! そんな事はナッキも望んではいないだろう! いや、それこそナッキが一番悲しむ事だろう…… 生きるんだ、判るな?」
それを聞いた途端、ヒットは嗚咽を溢しながら泣き始めたのだが、その姿は周りの鮒には、掛替えの無い親友の確実な死を理解し、虚脱感と無力感に苛まれているのだと映った。
「ナッキ!」
涙を流しながら然(しか)し笑顔を浮かべて叫んだヒットの声は息苦しさを思わせない強い希望に溢れていた。
思わずヒットの視線の先に目を移した教師役の鮒は、自分の目に映った光景に唸りをあげる。
「ば、馬鹿な! これは幻か…… し、信じられん!」
彼の目には、濁流の中を流れに逆らって全身を力強く捻って遡上(そじょう)するナッキの姿が、そしてその腹鰭には流されてぐったりとした仲間の若鮒が、しっかりと掴まれているのも見えた。
異常なまでの激流を物ともせずに、見る見る近付いて来たナッキは、助け出した若鮒の体を、鰭を伸ばして彼を受け取ろうとしていたオーリに委ねると、安心した様に大きく鰓を振るわせて呼吸を確保したのである。
ナッキに向けて力強く頷いて見せたオーリは、器用に砂利を掻き分けて、流された若鮒と共に素早く体を埋没させる。
ヒットは涙を止め、ナッキに促すように言った。
「さあ、ナッキ、俺たちも早く隠れるぞ!」
然(しか)し、ナッキは周囲を見渡し、細かい砂利とその中で蠢く仲間達の微弱な動きに目を遣り首を振って答えた。
「ここでは、砂利を退かしてしまうよ、ヒット、僕は元々隠れていた辺りに戻ってから隠れるね」
ヒットの答えを待つ事無く、素早く元々隠れていた早瀬に戻ったナッキが、川底の砂利に向かって身を翻した、その時、凄まじい轟音を響かせて何かが崩れ落ちたようだった。
「えっ? っ! や、やばっ!」
余りにも大きな破壊音に、一瞬、何事かと音のした上流を振り返ったナッキの目が捉えたものは、押し寄せる大量の土砂が自分目掛けて襲い掛かる姿であった。
ナッキは本能的に仲間達の元へ帰ろうと上半身を捻って振り返り、心配そうに見守っていたヒットと視線を重ねる、刹那、流れ出た土砂の中から一個の石がナッキの頭に激突してしまったのである。
「ギャっ!」
強烈な一撃にもんどりをうち体を回転させながら、ナッキは何も出来ずに激流に飲み込まれて行く。
朦朧とする意識の中で、何かを叫んでいるヒットと、その横で涙を流したまま呆然とするオーリの姿が遠ざかって行くのを視界に捉えたきり、ナッキの意識は完全に途絶えるのであった。
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