ブルーシートで覆われた一角に、腐乱の進んだバラバラ遺体は横たわっていた。胴体に空いた隙間からは肋骨が飛び出して、皮膚は白くふやけて膨張していた。
先ほど千切れた右腕が、丁寧に遺体のあるべき場所へと置かれてある。
和久井は故人に手を合わせ、鑑識官に話しかけた。
生体反応と体位変換による死斑の移動についてや、屍ろう化に伴う季節の関わりをディスカッションし、相手との信頼関係をつくる。
それは和久井の常套手段だった。
ふたりのやり取りを聞きながら、ブルーシートの外で鼻をつまむ亀山は、どうにも不思議でならなかった。
和久井は調布署の警察官だったと言ってはいたが、その場慣れした振る舞いは生活安全課の枠を超えているのだ。
亀山はそっと中を覗いて、
「わくちゃん、わくちゃん! ちょっと…」
和久井は、鑑識官に頭を下げて、手招きする亀山に近付いた。
亀山は腐敗臭を嗅ぐのも初めてで、早くこの場から立ち去りたくて仕方なかった。
「ごめんわくちゃん! オレちょっと限界。外で待ってていい?」
「良いですよ。俺、もうちょっとだけ聞きたい事ありますから」
「何? 聞きたいの?」
「いや、なんか、あの遺体の切断面。特に首の骨んトコが綺麗すぎるんですよね。なんかスパーって切ったみたいな感じで…」
「スバァーって…あ、んじゃあとで聞かせて。オレ外いるわ」
「了解っす!」
和久井は再び遺体の側へ戻った。
亀山は、腐敗臭の無くなる場所まで走り出した。
そうして、ブルーシートが遙か遠くに見える距離まで来た時、我慢しきれずに叫んだ。
「なんで普通でいられんだよ!」
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