飼い犬にはしっかりと首輪をつけておかなければならない。
これは、犬を飼うなら頭に入れておいたほうがいい知識の一つだ。もっというのなら、首輪をつけても全く躾けることができない駄犬の首輪は、一生外さないほうがいい。
だって、そいつは飼い主の首を掻っ切ろうと襲ってくるから。
「ま――って! おい、擦り付けんな。発情すんな!」
「仕方ないだろう。主が……俺のことを、そうしたのだから……」
「俺、俺のせい!?」
暗がりで、顔がよく見えないが、ぎらついたターコイズブルーの瞳は闇の中でもギラリと光った。灰色の髪もぼんやりと見え、今俺をベッドに押し倒しているのが、俺よりも大きな大男であることもわかった。
そいつは、筋肉質な手で俺の腕をベッドに縫い付けて、はっ、はっ、と息を切らして俺を見下ろしている。こんな大男にマウントポジションをとられてしまっては、俺の貧弱な身体ではどかすことすらできない。
貧弱というか、この男……ゼロ・シュヴェールトが筋肉質なだけで、俺は平均な気がするのだ。俺の黒い髪も、赤い瞳も、なんというか気品はあるが、おきれいなだけだ。体全ておきれいな貴族令息といった感じで。
まあ、元傭兵で現俺の護衛であるゼロが貧弱だったら話にもならないが。俺、ラーシェ・クライゼルはあまり筋肉がつかない体質なのも確かだった。
妹から言わせれば”受け受けしい身体”だと。
(ここが、妹の書いた悪役に容赦ないBL小説の世界じゃなければ――!)
べろりと赤く長い舌で俺の首筋を舐めるゼロ。その姿は犬そのもので、俺のもう片方の首筋も舐め上げる。ぞわぞわと背筋に悪寒が走る。生暖かくて、少しざらざらしているゼロの舌は俺の口まわりも舐め始めた。さすがに、戯れが過ぎると、俺は隙を見計らってゼロの舌を噛んだ。
「……っ」
「この、駄犬! ……うう、ゼロ! お前、何のつもりだ」
ゼロは、俺の手を今度は片手で縛って噛まれた舌に指をあてる。指を伝って、つぅと血が流れ、またそれを舌で舐めとる。その光景が艶めかしくて、なぜかきゅっとお腹の奥のほうが締まる。ありえない、俺は男だし、相手も男だ。
これは、BL世界の補正だ、と俺は言い聞かせてゼロを睨みつけた。
そう、ここは妹が書いたBL小説の世界。今はやりの異世界もの。そして俺は、その小説の悪役令息……断罪後は、モブ姦、薬漬け、肉便器になるかわいそうな悪役令息なのだ。
絶対に、モブ姦なんて嫌だし、そもそも断罪されたくない。今の暮らしには贅沢しているし、家から勘当なんてまっぴらごめんだ。
だから、心を入れ替えてクライゼル公爵家の長男として体裁をと取り繕うとしたが、この男にだけは通用しなかった。
いや、もっと早く前世の記憶を取り戻していれば俺はこんなことにならなかったはずなのだ。
ぴくりと、ゼロの耳が動く。その耳は、顔の横についているのと、頭についているので合計で四つあった。よく見れば、俺の足元にふさふさとした尻尾のようなものが揺らめいている。
「……何のつもりだと?」
ターコイズブルーの瞳は、憎しみに染まっており、俺を見下ろす目は冷たかった。
ゼロは、俺の腹に手を当て、グッとへそ辺りを押す。鈍痛とともに腰が跳ね上がり、俺は自分の体の敏感さに嫌気がさす。
「主が俺に呪いをかけたせいだろ? 俺だって、別にアンタに発情なんてしたくない。でも、仕方ないんだ。これは呪いなのだから」
「しかないって……んんっ!」
強引に俺の唇を奪って、開けろとまだ血が流れている舌で俺の唇を突っつく。べろべろと舐めるもので気持ち悪くて口を開いたら、その隙間から分厚い舌をねじ込んできた。息継ぎをする暇もなく、彼の舌が俺の口内を蹂躙する。じゅるじゅると卑劣な音を立てながら、唾液を吸われ、舌が絡ませて、俺は酸欠と、与えられた快楽に頭がついていけず、目が上に上がる。
「はっ……やっ」
「んっ……ああ、主……」
ゼロの手が俺の胸へと触れる。筋肉がつきにくい体質で華奢な体躯は女のように柔らかくはないものの、ゼロの大きな手にすっぽりとおさまるくらいの大きさだ。その胸をもみほぐし、乳首をつまむと俺は思わず腰が跳ねてしまう。
「んんんっ!」
「男なのに感じているのか、主」
「うるさいっ、この、駄犬っ、マジで、やめろ」
「責任取ると、主は言った。あの言葉は、嘘じゃないだろう。心を入れ替えたと、そう屋敷で働く皆の前で言ったこと……忘れたわけじゃないだろう?」
と、ゼロは舌で口の周りを舐めとりながらいう。
いつもは、俺のいうこと何も聞いていないくせに、覚えていないくせに。そういうのだけ覚えている。憎たらしいやつだ。
(そうだよ。呪いをかけたのは俺だし、呪いを解くって約束したのも俺だよ!)
けど!
その呪いがこんなものだと誰が思っただろうか。
「ああ、もう忘れてない! お前の呪いも解くの手伝うっていった! 言ったけど! お前、”ポメラニアンになるだけ”じゃないのかよ!」
「……みたいだな。あの姿から人に戻るとき、どうやら発情するらしい」
そうゼロは淡々というと、ゴリッと己の熱くなったチンコを摺り寄せてきた。つられて俺も、緩く勃ちあがってしまい、羞恥心で死にたくなる。
男なんかのチンコで。それも、俺よりも二倍くらい大きいチンコなんかで!
嬉しいのか、発情しているだけなのか、彼はまだ人間に戻り切れていないようで、髪色と同じ灰色のしっぽをぶんぶんと振り回し、かくかくと腰を揺らしていた。もうこの駄犬のリードを握れそうにない。首輪も自分で引きちぎってしまうくらいの狂犬だ。
俺は、改心せずにこのままいくと、ゼロに見放されて娼館に売られたのちにモブどもに蹂躙される未来がまっている。
それを回避するには、俺がゼロにかけてしまった呪いを解かなければならないのだ。未だ解呪に至らず、彼は定期的にこうやって発情する。その熱は、俺にしか鎮静できないらしい。俺に触ってもらうか、俺の中でしか射精できないらしいのだ。まったく、どんな呪いだ。自分でかけたのだが、過去に戻って自分を殴りたいくらいだ。
(まさか……『ポメラニアンになる呪い』をかけちまったなんて…………この、狂犬に)
ポメラニアンになる呪い。あのちんちくりんで、手足短くて、もふもふのポメラニアンになるのだ。この二メートル近い男が。あのポメラニアンに。
今でも、たまに信じられなくて自分の目を疑うが、まぎれもなく彼は、灰色のポメラニアンになるときがある。そして、ポメラニアンから人間に戻すには、彼を満足させないといけないらしいのだ。そのうえ、戻ったら戻ったでこのように発情して、俺がその熱をと……
本当に解せぬ。
それでも、モブにハメられて輪姦されるよりかはましなのだ。ありがたいことに、BL世界だから俺の身体はそういう男を受け入れられるようになっているから。
「主、俺の息子も先ほどのようによしよししてくれ」
「おまっ、お前、言い方~~~~ッ!!」
ぶるんとパンツの中から飛び出したチンコは赤黒く、凶器そのものだった。こんなの腹にいれたら、つか、尻にいれた時点で、避けるに決まっている。
早くしろと、慰めてもらう側の癖に態度のデカいゼロは俺にいう。
「あーっ、クソ!」
俺はゼロのチンコを恐る恐る手に包む。他人の男のものを触らないといけないなんて思いもしなかったが、そういう状況なのだから仕方ない。掌の中でどくんどくんと脈打つそれが怖い。今にもはちきれそうで、なら早く射精してくれとさえ思う。
「早くイケよ。早漏」
「主が、しごいてくれなきゃいけないが?」
「ああ、もう! じゃあ、黙ってろ!」
「……御意、主」
こういうときだけ、ききわけのいい従順ワンコのふりをする。本当にこいつは嫌いだ。
俺はそう思いながら、自分よりも大きいそれを上下に擦る。すぐに、先走りが溢れてきて滑りがよくなり、てかてかと光る亀頭部分を少し強くこすってやれば、まるで生き物のようにずぐんとゼロのチンコは動く。
気持ちいいんだろうな、と自分がいつも自慰するときと同じやり方でやれば、ゼロは、自身のチンコを握り込んだ。
「ちょ、お前、手ぇ、離せ!」
「主としごいたらいけそうだ…………クッ」
「おいっ、ひぎぃっ!?」
びゅるっ、と勢いよく白濁が噴水のように飛び出した。それを顔で受け止める羽目になった俺は、声にならない叫び声をあげる。勢いでひっくり返りそうになったが、ゼロは俺の腰に手を回しており、ひっくり返ることもままならなかった。
(……顔射してきやがったこいつ!)
「ぜ、ゼロ、お前ぇ……」
「はっ、主。その顔、そそるな。征服欲が掻き立てられる」
「はあ!? ――お、あっ!?」
いとも簡単にもう一度押し倒され、俺は、恐怖を覚えた。先ほどの凶器がまたその熱と固さを取り戻して、俺の腹の上に乗っていたから。
ゼロはぎらついた眼で俺を見下ろし、悪役よりも悪そうな笑みを浮かべていた。
「今度は、俺が主を奉仕する番だな。良い声で啼いてくれ。主」
そういって笑った駄犬は、俺のチンコに、自身のずっしりと重いチンコをこすりつけたのだ。