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「着いた。此処が…日本。」


海を飛び越えること数時間。青い海よりも薄い青色の空。見渡す限りの直方体。距離があるにも関わらずその存在感を放つことを忘れない2つの高い三角錐。

以前家族みんなで行った世界旅行で中国やオーストラリアなどへは行ったことがあったが,日本に来るのは今日が初めてだ。


「みんな!気を抜いちゃ駄目だよ!鬼ごっこはまだ始まったばかりなんだから!」

「よし!必ずみんなで逃げ切ろう!」

『オー!』


一体何に気合を入れているのか。何から逃げ切るのか。その答えは数時間遡って,海の向こう側にいるときにある。









「ふざけんな!!」


ノーマン社長らの見事な働きによって手に入れたお金を使い,家族のためにと建てた,広く,豪華な家には何時も子供達の元気な声が響いている。

だが,今日はどうやら,物凄い勢いを持った怒号が家に響き渡っているようだ。

その迫力に,各々遊んでいた子供達は,肩をビクッっと跳ねさせ,一斉に動きを止める。

みんなを代表してその場にいたマチルダとユウゴが子供達を宥めてから,声が聞こえた玄関の方へ恐る恐る行ってみると,そこには,数分前に家のチャイムを鳴らしてやって来た客人と,その対応に出たレイの姿があった。


「そんなに怒ることはないだろう。何も難しいことではない筈だ。」

「難しい難しくないの話をしてるんじゃねえ。誰がてめえらの言うことを聞くって?ふざけんな!もう金輪際俺達に関わるんじゃねえ!!」


声の主がレイだと知って,慌ててやってきたイザベラも,マチルダ達もそのやり取りに,玄関先の廊下に突っ立ったまま呆然としている。

イザベラはハウスでの罪悪感などがあってか,レイのことをとことん避けまくっているが,レイの身に何かが起こると必ず一番に駆けつける。例えば,レイは副社長とはいえ,とても優秀なので度々誘拐されかけることが多く,その事件で一番,誰よりもレイのことを心配しているのがイザベラだ。心配症のユウゴもかなり心配しているが,そのユウゴよりも心配している。

そのイザベラの行動は,レイのこともなんだかんだで愛しているのだなっと少しホッとして安心できるものでもあるが,マチルダ達シスターやユウゴ,ルーカスのような大人にとっては,やはり自分が産み,自分が育てていた子供には,何か特別な愛情のようなものがあるのだろうと複雑な心情を感じ取ることができるものであった。

因みに,イザべラやレイはお互い,自分達が血の繋がった親子だというのは言うことは誰にも言っていない。

だがマチルダ達は知っている。見れば分かるからだ。そっくりなところが多い。いや,むしろ多すぎるくらいだ。まあ,イザベラはレイを産んだだけでなく,育てもしたから当然と言えば当然なのだろうが。

本のページの捲り方,チェスの手癖,濡れた髪の感じや爪の形など。他にももっと。もう数え上げればきりがない。


「っおい!離せ!!俺たちはあんたらに手を貸してやるつもりなんかねえ!!潔く諦め……」


何時の間にか話がヒートアップし,遂には客人がレイを無理矢理にでも引っ張ってどこかへ連れて行こうとしている。

当たり前かのように一番にイザベラが反応し,それに続いてマチルダ,ユウゴもレイの加勢に行こうと足を踏み込んだ,その時。






ドスッという鈍い音がした。






「カハッ!!…う…ゲホッ!!ゴホッゴホッ!!…うぅ」

「?!レイ?!」


イザベラが思わずといった風に叫ぶ。

客人がレイの腹を殴った…いや,蹴った音だ。

膝蹴りをまともに喰らってしまったレイは激しく咳き込み,客人に右腕をきつく捕らえられたまま膝をつく。

余程もろに食らったのか,それとも余程強く蹴られたのか,音からして後者の方だろうが,時間が経ってもなかなか咳が止まらない。

蹴られた腹を守るかのように体を丸め,痛みと苦しさからだろうか。体が時折痙攣して震えている。

子供達にもその音が聞こえたらしく,玄関先にぞろぞろと集まってきた。

みんな,何事かと戸惑い,混乱している。ノーマンとエマに至っては顔が真っ青だ。


「ああ。大丈夫かい?81194。無駄な抵抗をするからだぞ。」

「ゲホッ!ゴホッゴホッゴホッ!!……う…うぅ…ケホッ!」


少しずつ呼吸が落ち着いてきたようだ。だが,まだ体は痙攣が止まっていないし,ずっと蹲っていて,立ち上がれるような気配がない。

それでもレイは,必死の抵抗として客人を思いっ切り睨みあげる。

それを冷たく見下ろす客人のその顔をまだはっきりと見ていないことに気付いたマチルダは,ふと,レイから客人へと視線を移す。そして,目を見開いた。


「マイク・ラートリー…。」

「今更か?」


同じことを考えていたのか,ノーマンが小さく呟く。

それに口角を上げてこちらを挑発するかのように見つめるマイクに,全員が歯軋りをするが,誰も動かない。レイの元へ駆けつけない。

解っているからだ。理解しているからだ。

レイが蹴られたのはイザベラ,マチルダ,ユウゴが動いたその瞬間。つまり,イザベラ達の行動一つでレイがどうなるかが決まるということだ。


「ママー!ママー!!」


以前会ったマイクはもっと温厚な人だった。だが,あれが演技なのかと思うと無性に腹が立って仕方がない。

その時,ドタバタと走ってくる複数の足音と切羽詰まったような声が聞こえてきた。

足音からして人数は2人。声からしてジェミマだろう。


「どうしたの?ジェミマ。」


イザベラが平静を装って優しく問い掛ける。

ジェミマの後ろにはアリシアもついてきていた。


「あのね,私達,お遊戯室に居たんだけど,そこの窓から沢山の黒い服着た人達が居てなんかよくわかんないけど,兎に角,お家の周りが囲まれてるの!!」

「!!!?」


ここでジェミマの衝撃発言。

そして,全員が全く同じタイミングでバッとマイクの方を見る。

それにマイクは仲がいいなと言って鼻で笑い,しゃがみ込んでいるレイの右腕を引っ張り上げて無理矢理立たせる。

その反動で痛みが走ったのかレイは小さく悲鳴を漏らし,腹を抑えて体を丸め込む。

だが,マイクによって無理矢理立たされているため,しゃがみ込むことは叶わない。


「マイク・ラートリー。あなた,一体何が目的なの?」

「レイ,返してくれる?その腕,離して。」

「それは無理な話だ。」


レイの腕を離すどころか,更に締め付けあげていくマイクにイザベラとエマが声を低くして言うが,ピシャリと一蹴される。

マイクは唇の端を歪めながら愉快そうに話し出す。


「…でもまあ,目的くらいは話しておかないとな。

…我々は,君達を我が組織に招待しようと思っていな。是非とも来ていただきたい。」


組織。

一体どういう組織なのかは知らないが,危険だということは彼の態度から容易に想像できる。


「諦めなさい。あなた方はどうあがいても我々ラートリーに抗うことはできない。そうだろう?81194。」

「…………」


レイは答えない。それどころか,ピクリともしない。

その態度が癪に触れたのか,マイクはレイの掴んだままの右腕を思いっ切り引き寄せ,抱き締めるような形にする。


「!!!!!!?」


流石にこれは予想していなかったのか,レイを含めた全員が驚愕に目を見開いたその時,マイクがレイを抱き締める腕に力を込めようとした。

背骨か肋骨を折る気だ。最悪,どちらも折られる可能性もある。

そう,理解した瞬間,イザベラは足を踏み込み,レイへと手を伸ばす。

無理矢理にでもレイを取り戻すつもりだ。

危険過ぎる。

マチルダとノーマンは全く同じことを全く同じタイミングで感じた。

それで失敗したら怪我をするのはレイだ。それに,骨を折ろうとしているのだからかなりの力でレイを腕に閉じ込めているはずだ。ちゃんと引き寄せられるのかどうかも怪しくなる。

とは言っても,レイの骨が折られるところをじっと見ているわけにはいかないので,二人はイザベラの加勢に行くため,同時に踏み込んだ。





ミシッ





レイの骨が軋みを上げる。

レイ自身も痛みに顔を歪め,その痛みを少しでも逃がすため,苦痛の声を上げようとするが,肺を圧迫されているため,息を吸うことも吐くことも叶わず,僅かな吐息が口から出てくるだけだった。


「レイ!!!」

「ママ!!」「イザベラ先輩!!」


イザベラが叫び,ノーマンとマチルダがほぼ同時に叫ぶ。

そして,イザベラがレイのずっと掴まれたままの右腕を掴んでレイを引き寄せようとする。

と,同時に,マチルダがマイクの背後にまわって襟首とレイの背中にまわっている右腕を引っ掴んでレイから引き剥がす。

ノーマンも,レイの背後にまわり,レイをイザベラの方へ引き渡すようにマイクから引き離させる。


「ゲホッ!!ゴホッゴホッ!グッ…う‥‥ゲホッゲホッ」

「レイ!!」


レイを引き剥がすことに成功したが,レイは急に肺へと入ってきた大量の酸素を受け入れられず,激しく咳き込んだ。

その様子を見て子供達は言葉を失っているため,代表してユウゴがレイに駆け寄る。

イザベラが座り込んだレイの身体を支え,マチルダ,ユウゴがレイとイザベラの前に立ちはだかり,マイクを,いや,マイク達を睨みつける。

ノーマンは子供達の方へ戻り,前をノーマンとエマが,後ろをドンとギルダが守る形になる。

ノーマンの腹心であるヴィンセント,シスロ,バーバラ,ザジは戦闘態勢に入り,ハヤト,ジン,アイシェはノーマン達だけでは手の届かない所に居る子供達を守るような配置に付く。


「……………」


マイクは何も言わない。

只々冷たく冷え切った目でレイ達,いや,正確にはレイを見つめている。






と,その時,何かが爆発したような音がした。





ドォン!!!!




「!!!!!!?」


辺りに煙が立ちこめる。

視界がすべて真っ白な煙で覆われた。


(何?!なにかの攻撃?!)


エマはコホコホと軽く咳込みながらぐるぐると思考を巡らせる。


(いや,でも,さっき見たとき,一瞬だったけど,マイク・ラートリーも驚いてたように見えた。それが私の見間違いじゃなければ,これは計画になかったことなんだ。)


口元を腕で覆い,周囲をぐるりと見回し,状況を探ろうとする。


(レイは?みんなは?全員無事?視界が真っ白でなんにも見えない!状況が分からない!)


冷や汗が背中を伝う。

もし,もし無事じゃなければ……そんな嫌な考えが頭をよぎる。

慌てて頭をブンブンと振って下らない考えを振り払う。

大丈夫。絶対みんな無事。そう信じて前を見据えたその時。


(!!!!!?誰?!)


まさか,マイク・ラートリー?!

腕を引っ張られ,そのまま何処かに連れて行かれる。

必死に抵抗するが,腕はしっかりとエマの腕を掴んでおり,ピクリともしない。

そうして,暫く,いやかなり進んでいくと,急に視界が光に包まれた。


「うっ!!」


急に視界に広がった光が眩しく反射で光が入らないように顔の前に腕を掲げギュッ目を閉じる。

……………暫くして光に目が慣れた頃に恐る恐る瞼を持ち上げる。

そこには,誰一人として怪我一つない,笑顔の家族全員の姿があった。


「…‥えっ?…み‥んな?」

『エマ!!!』


みんなが元気に応える。

ラートリー家は…………いない。

状況が読み込めず,ポカンとしていると,ノーマンが近付いてきて,いつも通りの優しい,穏やかな笑みで説明してくれた。


「ルーカスのお陰だよ。僕達がマイク・ラートリーと対峙している間に家中に気付かれないように注意しながら色々な小細工を仕掛けて,爆発したように見せ掛けたんだよ。それであっちが混乱している間に僕達はまんまと逃げ果せてきたんだ。すごくいいタイミングでやってくれてよかったよ。因みに,爆発音はスマホからスピーカーを使って大音量で鳴らしたんだってさ。」


そういえば。

ルーカスはあの場にはいなかった。色々と大変なことになっていたので全然気づかなかったけれど,あの間にあの爆発を仕掛けてくれていたのか。


「ルーカス。ありがとう。お陰で家族全員助かったよ。」

「いや,僕は仕掛けをしてそれを起動させただけだから。実際,みんなが時間を稼いでくれなければ実行出来ていなかったし。」

「それでもだよ。ありがとう!」


エマがニッコリと笑ってお礼を言う。それにつられてルーカスもどう致しましてと言って微笑む。


「それよりも,レイだよ。エマ。」

「あ!そうだ!」


エマは数分前までのやり取りで,レイがマイクに膝蹴りされた上,肺を圧迫され,骨を折られかけていた事を思い出す。

怪我をしているかもしれない。

そう思うと体が勝手に動くのがエマである。

たくさんいる家族の中からレイを探し出そうと周囲に視線を巡らせる。そして,ユウゴに支えてもらいつつも座り込んでいるレイを見つけた。

辺りが煙で包まれる前迄はイザベラがレイを支えていたのに,今はユウゴが支えていて,イザベラは何故か少し離れた所に立って心配そうにレイを見つめていることに少し不満を覚えつつも,レイに近付いて話し掛ける。


「レイ。大丈夫?」

「ん。あ,エマ。ああ。大丈夫だ。ちょっと腹と骨が痛えけど,問題ない。ユウゴが診てくれたからな。」

「…本当に?」

「本当だよ。何だよ今の間は。疑ってんならユウゴに聞いてみ。」

「レイの言うとおり問題ないよ。骨はヒビ一つないし,腹の方は痣にはなっているが,大丈夫だ。すぐ治るよ。今みたいに大人しくしてればな。…今みたいに。」

「ユウゴまで…。」


レイは自己犠牲の精神が強く,無意識にも自身が不利になってしまう方向へ一人行ってしまうことが今までにも何度もあったため,今回も心配をかけまいと嘘をついているのかと疑ったが,どうやら本当に大丈夫ならしい。ユウゴがそういうのなら本当に問題ないだろう。

ユウゴが嫌味を言うように「今みたいに」を繰り返し,それにレイが文句を言っている姿を見て,エマは杞憂だったと感じ,ホッとして胸を撫で下ろした。


「さて,これからどうするか…だね。」

「もう此処には居られないよね。他の場所に移らないと。」


ノーマンが切り替えるように話を切り出すと,全員がピシッと緊張したように動きが止まるが,次のギルダの言葉を聞いた小さい子たちは動揺してえーっ!と声を上げる。


「それって,お家を捨てちゃうってこと?」

「沢山大事なものあるのに!お絵描き帳とか。」

「絵本も〜!」

「今は命のほうが大事だ。仕方ない。あいつらラートリー家が何考えてんのかも,まだ,いまいちよく解んねえし,危険な賭けに出て奴らに気付かれちまうと折角,バレないように,全員で慎重に,且つ速く逃げてきた努力が全部水の泡になる。それは嫌だろ?」


シェルター襲撃の時も冷静に下の子たちを落ち着かせたレイが,今回も,とても彼らしく優しい説得にハッとした子供達はうんうんと納得したような顔つきで頷く。

それにレイは,イザベラとびっくりするくらい似ている優しい笑みでよく我慢したな。偉いぞ。と言って子供達を褒める。


「んで,どうするよ。場所移すったって,バレたら即アウト。俺たちが行けるようなところって限られてんだろ。こんな大人数なんだから。」


確かに。とエマは思った。

レイの言うとおり,バレればまた全員で逃げられる確率は低い。たとえ逃げれたとしてもまた何かしらの手を打ってくるだろう。

それにかなり人数も多い。これならあっちの世界に行ってソンジュやムジカに事情を説明し,匿ってもらうほうが確実だろう。だが,そうなると,人間界とは違うし,逃げてきた時に持ち出してきた私物は殆ど無いからそこで自分達が出来ることは限られており,食事を摂るのもままならないことは経験上分かっているので,こんな大人数で生きていけるのかも微妙だ。しかも,エマが結んだ約束で二世界の行き来は全て禁じられている。

つまり,人間界の何処かへ逃げないとならないということだ。家族全員,ビザもパスポートも持っている。何処でも行ける。だが,レイも言ったように,この地球上に私達が居る限り,行ける場所は限られている。


「出来れば海外が良いわよね。」

「ええ。それも,此処からかなり距離があるところが。私達の居場所をラートリー家が突き止めても,駆けつけてくるのに時間がかかるだろうし。」


ギルダとアンナが真剣な表情で話し合う。

それにつられてエマも何処に逃げるのがより良いか考える。

フランス,ドイツ,アメリカ………。他には…


「日本」

「え?」

「日本へ行こう。」


腕を組み,口の端を持ち上げてノーマンが言った。


「………え?…日本‥‥?」

「でも,ノーマン。日本は……」

「此処から近い‥‥だろ?」


エマは思わず声を上げる。

同じことを考えていたであろうオリバーが疑問を口にする前にノーマンに遮られる。


「分かっているなら,何で……?」


ジリアンが急かすようにノーマンに問い掛ける。

ノーマンは不敵な笑みを浮かべてその疑問に答える。


「確かに。ギルダやアンナの言うようにより遠くへ行ったほうが良いかもしれない。でも,それはラートリーも考える,誰でも分かることなんだ。僕は,僕達は,その裏をかきたい。もちろん近すぎてもいけないけれど,遠すぎても駄目だ。丁度良いところへ行けば暫くは安全に暮らせる。だよね,レイ。」


レイ?!

みんなが一斉にレイの方を見る。

するとレイは,ユウゴに支えられながらだが,立ち上がってノーマンの方を見遣り,溜息をこぼす。


「……まあ,ノーマンの言う通りにしといたほうが良いのは事実だな。………だが,それは暫くの間だけだ。ずっとじゃない。それは頭に入れとけよ,おまえら。」


ノーマンとレイの二人に言われ,話の筋も通っているため,その場が静まり返る。


「……………ねえ。ノーマン,レイ。気になることがあるんだけど。」

「エマ……?」


静寂を断ち切るように切り出したエマにみんなが注目する。


「言葉は…?私達が使っている言語は英語。日本って,日常で使っている言語は日本独自の言語,日本語だよね?目立つんじゃない?私達。日本人じゃないし,日本語も話せない,分からないんだから。」


エマの言葉にみんながハッとしたように二人を見る。

ノーマンは思い出したようにああ,それねと微笑みながらとんでもない爆弾を落とす。


「今からでもみんななら日本語なんて簡単に習得できるでしょう?それに,最悪,レイに全部任せればいいしね。余裕で日本語習得してるよ。レイは。」

『………………えっー!!!!!!!?』


ノーマン,レイ,イザベラ,ユウゴ以外の全員の声が揃った。

ラートリー家一族がここまで来ている可能性があり,そうなると,騒いでしまって気づかれたら終わりなのでユウゴが慌ててシー!と口の前に人差し指を立てて注意する。

それに,みんな仲良く慌てて口を両手で覆う。

シーンと再び静寂に包まれ,何事もないと分かると,レイは全員から一斉に問い詰められる。


「ちょ,ちょっとレイ!!!どういうこと?!私ですら知らないんだけど?!!」

「レイ,日本語話せるの?!すっごーい!!」

「いやいやいや,まず,日本語なんていつ習得したんだよ。色々おかしいだろ!!」

「他にも話せる言語ってあるの?」

「私にも日本語教えて教えて!!」

「私も私も!!」

「僕も!!」

「だー!!!うるっせえー!!!ちょっと黙れおまえら!!!」


レイは,あまりの質問量と煩さに両手で耳を塞いでしまう。

その様子にユウゴは腹を抱えて爆笑している。


「アハハハハハハハハ!!!!ぐふっふ……アハハハハハハハハ!!!!!!!!」

「おい!!!!ユウゴ!!!!!!!!!」


もうめちゃくちゃだ。

イザベラはラートリー家がいたら,このままでは確実に気づかれてしまうとハラハラしていたが,パンパン!!!!!!!と,手を叩く音がして,一瞬にしてその場が静まり返る。……ユウゴ以外は。


「みんな,落ち着いて。ユウゴもずっと笑ってないで真面目にして。…じゃあ,レイ,説明お願いね。」

「………………はあ。ったく。元はと言えばお前のせいなんだけどな。………まあ,説明するよ。ハウスには図書室がある。そこには数多くの本があるが,その中には,英語で書かれていない本が全部で125冊あるんだ。その中の12冊が日本語で書かれているんだ。一応他にも,図書室にあった言語‥‥と言っても,全世界の言語があったんだけど。それらは,全部,習得してるぜ。…‥アンナはよく図書室来てたから,本の存在,一冊くらいは知ってたんじゃないか?」

「…………………………………………………………ぃ,ぃいえ。知らなかったわ。」

「…………………………ごめん!!!アンナ!!」

「レイ,それはひどいよ(笑)」

「………ノーマン‥‥‥お前それわざとだろ。」

「ふふっ」


何だか気不味い雰囲気になったわね,とイザベラは思った。

レイが切り替えるようにコホンッと咳払いを一つする。


「兎に角,日本に行こう。申請はノーマンの名義でいいだろ。勿論,極秘でな。」

「うん。そうだね。」


そうなったら話は早い。

ものの一分ほどで申請が完了する。後は空港へ行って出国するだけだ。


「あまり大人数で行くとそれこそ目立ってしまう。3つのグループに分かれよう。時間差を作るんだ。目立つとここまでの作戦が全部パーになってしまうからね。」

『うん!!』


ノーマン,レイ,エマがそれぞれのグループに分かれ,他の子たちをそれに割り振っていく。

ノーマンが超高速(本人からしたら普通)で頭を回転させ,決めたグループに,イザベラは頭を抱えた。

イザベラはレイのところのグループになってしまったのだ。


「………ねえ,ノーマン。私は……」

「駄目だよ?ママ。」


即答。

わざとだ。これはもう絶対にわざとだ。

イザベラがレイをずっと避けていることはもう,こちらの世界に来てからずっと周知の事実だ。

ノーマンとエマは特にそのことを気にしており,どうにかしてイザベラとレイの仲を取り持って,今度こそちゃんと家族として,自分達と同じように母と子として一緒に過ごせれるようにと奮闘しているのだが,全く上手くいかず,ムッとしていたところなのだ。

その腹いせとして,また,今度こそ2人を家族にさせるため,ノーマンは今回のグループ決めでイザベラとレイを一緒にすることは一番最初に否応なしに決まっていた。


「…………そう‥‥。」


呟いて小さく息をつく。

自覚はある。レイのことは意識的に避けているし,賢いあの子はイザベラのその空気を読んで,避けているとまでは言わないが,イザベラとは必要最低限しか関わろうとしない。つまり,イザベラに気を遣っているのだ。…………いや,正確には,イザベラから切り出してくるのを待っている。きちんと2人で話そうとする意志をイザベラが示してくれるのを待っている。


(震えてたなぁ。あの子。)


ちらりとレイを見て思い出す。

マイク・ラートリーからレイを引き剥がしたとき,思わず,無意識に,イザベラは護るかのようにレイをこの腕に抱き締めてしまった。その時にレイは,僅かにふるりと身体を震わせて驚いていた。行き場のなかった手がイザベラの服を軽く掴んでいたが,その手も震えていた。その様子にやっと理性を取り戻したイザベラは,マイクがレイを狙っていたあの状況で体を離すわけにもいかず,そのままの状態でいたが,ずっと,僅かに身体を震わせていた。イザベラの存在が怖かったからではないだろう。恥ずかしかったからでもないだろう。あれは恐らく……戸惑いだ。イザベラの行動に驚いた。そして,混乱して,そういった意味では,イザベラという存在が怖いという意味とはまた違った意味での怖いという感情が出てきたのかもしれない。レイはそういう子だ。イザベラがそう育ててしまった,そういうふうにさせてしまったのだ。愛され慣れていないレイは,愛されることが,守られることが怖かったのかもしれない。愛してくれる相手がイザベラならば尚更。怖くて怖くて仕方なかったに違いない。もしかしたら,脱獄のあとも,一人,苦しんでいたのかもしれない。誰にも気づかれず。いや,気づかせず。イザベラがそうさせた。そうやって独りで背負うよう仕向けてしまったのだ。


(全く。本当に馬鹿ね。私。自身が産んだ子供でさえ,幸せにしてあげられないなんて。やっぱり私にはママなんて呼ばれる資格ないわ。母親失格だもの。)


自嘲して笑みすら浮かんでくる。

そんなことを考えていると,いつの間にかイザベラ達のグループは空港に到着しており,まず最初にイザベラ達が日本に渡る事になっているため,子供達は続々と丁度到着した飛行機に乗り込んでいる。

ノーマンの言いたいことはわかっている。

早く仲直りくらいはしてよということだろう。

徹底しているところに苦笑を漏らし,ふとレイの顔を盗み見ようとすると、バチッとレイと目が合ってしまった。驚いてしばらく見つめ合っていると,顔色一つ変えずにレイはふいっとユウゴの方を見てしまう。

また苦笑が漏れた。

最近はずっとこれだ。

レイは何かがあると必ずユウゴを頼る。

例えば,背伸びをしても手の届かないところに読みたい本など,気になる物があればユウゴに直ぐに頼って,取ってもらっている。他にも,仕事の合間のお昼休みには必ずユウゴと一緒にいて,お昼も一緒に食べている。ずっと一緒に居るのだ。ノーマンとエマが嫉妬するくらいには。

ハウスにいた頃はノーマン,エマ,レイの3人で一つという風だったが,今はユウゴ,レイの2人で一つ,みたいになっている。


(…………親としてはそれが少し不満だなんて。口が裂けても言えないけれど。)


一つ,小さくため息をついて,日本へと旅立つ飛行機に乗った。

まさか,そこであんなことが起こるなんて思いもせずに。

















「どうしますか?マイク様。」


つい先日,当主代理から正式な当主へと昇格したマイク・ラートリーは,元食用児達がいた家を見上げていた。


「どうするもこうするも追いかけるに決まっているだろう。何を言っている。」

「申し訳ございません。」


部下を軽く睨みながら答えるが,それでも怒りが収まらない。

チッと舌打ちをし,部下に素早く指示を出す。


「今すぐ奴らを追え!上にも伝えろ!

『ハッ!!』


部下が各々の場所へ去ったあと,マイクはもう一度家を見上げる。

そして,唇を歪め,不敵な笑みを浮かべる。


「また鬼ごっこか。君たちお得意の。だが,次は逃がさない。必ず捕まえる。」


81194レイ。グレイスフィールド農園第3プラント特上。

そして,幼児期健忘が起こらなかった唯一の個体。それも,特別な。

あの子は使える。とマイクは確信する。


「イザベラには悪いが,81194は,レイは私が頂こうか。……ふっふふっ。さあ,どう味わおうか。」

幾度目かの鬼ごっこそして譲れない駆け引き

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