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日本行きの飛行機に乗って一時間。
イザベラは今,物凄く困っている。
理由は勿論,レイのことだ。
イザベラのグループのみんなが口裏を合わせてイザベラとレイを隣同士の席に座らせている。
この飛行機は一列に4人ずつ座れるが,正確に言えば,2人ずつで左右に分かれている。
つまり,今,イザベラの隣はレイ一人。
レイ越しに向かいに座っているマチルダを軽く睨めつけるように見やると視線に気付いたのか,マチルダはウインクをして右手の親指を立て,グッ!としてきた。
はあ。とイザベラは溜息をつく。
そして,横に座って,少しウトウトとしているレイをちらりと盗み見る。
時間的にも遅いし,色々あったからだろう。疲れが一気に出てきたのか,眠たそうに欠伸を繰り返している。ハウスでは見たことのないその子供らしい姿に母性をくすぐられる感覚がするが,窓の方を見ることでそれを必死に抑える。
そんな資格はない。イザベラはそう自分に何度も言い聞かせる。
その様子を見て,マチルダもはあ。と溜息をこぼす。
(駄目かぁ。ごめんなさい。ノーマン。)
やれやれと頭を軽く振る。ここまで進展がないと,どれだけGF自慢の頭で作戦を立てても,あとは本人達の意識次第である。マチルダ達がどれだけ頑張って2人の背中を押してあげても,その2人がやろうとしないとどうにもならない。
マチルダは本日二度目の溜息をつき,頭を抱えた。
その時。
突然,機内に幾つかの甲高い悲鳴が響いた。
『キャァァァ!!!』
「五月蝿え!!黙れ!!!じゃないとぶっ殺すぞ!!」
イザベラとマチルダは何事かと思い,慌てて後ろを振り返る。
すると,黒い目出し帽に黒いジャンパー,黒いジーンズという上から下まで全部真っ黒い服を着た男2人が,拳銃を持って怒鳴り散らしている。
((ハイジャック!!))
イザベラとマチルダは同時に冷や汗を流し,焦った。
声と体格からして男だということと,恐らく日本人であるということはすぐに分かった。年齢層は恐らく30代後半だということも。
だが,そんなことは心底どうでもいい。
問題は子供達だ。
みんな,あまりに突然の出来事に混乱している。幾度もの危機を回避してきたからか,一般人よりかは若干冷静に見えるが,それでも,怯えているのが分かる。
イザベラがちらりと横目でレイを見ると,レイは流石というべきか,他の子達とは違って,瞬時に状況を理解し,大人しくしている。だが,スリープしかけていた頭を無理に叩き起こされたからか,ちょっとキレ気味で舌打ちをし,ハイジャック犯に殺気を放っている。
その様子にちょっとだけハラハラしながらも,イザベラはこの状況をどう切り抜けるか考えを巡らせる。
すると,ハイジャック犯は何やらゴミ袋と同じサイズの袋を出し,広げだした。(なんとなく嫌なので,ゴミ袋だとは思いたくない。)
「これに携帯を入れろ。衛星電波の携帯を持っていられたら困るし,それでサツにでも連絡されたらそれこそ大迷惑だからな。まあ,あんたらは馬鹿じゃないと信じてるから,そんなことは一切無いとは思うが。…念の為にな。」
一人ずつ携帯電話,もしくはスマートフォンを袋に入れていく。
子供達にはまだちょっと早いだろうと思って持たせていなくてよかった。
ただ,ドン,ギルダから上の子供達にはスマホを持たせている。このグループに居て,スマホを持っているのはイザベラ,マチルダ,ユウゴ,オリバー,ペペ,ジリアン,あと,ママ候補としてイザベラが推薦しており,生き残っていたスーザン,そしてレイ。この8人だ。もう既にユウゴ,オリバー,ペペ,ジリアンがスマホを出している。マチルダ,スーザンもそれにならって大人しくスマホを出した。こちら側に来た男に,イザベラもスマホを差し出す。子供達に何かあるよりは,今,ここで大人しく従っていたほうが賢明だろう。
そう思ったのだが……。
「俺,持ってない。」
レイはいきなりイザベラの服の袖を掴んだかと思うと,怯えたように眉を下げ,イザベラにもたれ掛かるような姿勢になり,スマホを持っていないと嘘をついた。
驚いた。
勿論,レイがこのタイミングで,しかも,あんなボラを吹いたことにも驚いたが,自らイザベラに近付いてきたことに驚いた。
たとえそれがハイジャック犯を騙すための演技だとしても,動揺が止まらない。
この感情は……………歓喜だ。親としての。
ハウスに居た頃は頼ってなんかくれなかった。いや,頼れなかったのだろう。当たり前だ。あの頃,イザベラとレイは母と子などではなかった。ただの飼育官とそれに表面上仕える牧羊犬だったのだから。
案の定,男が離れると,レイはあっさりとイザベラから離れ,一気に真剣な顔つきになった。
怖がっているふりをするためだろう。レイの右手はまだイザベラの服の袖を軽く握っており,顔も若干,周りの様子が見えるギリギリのラインまでで俯かせているが,ただそうしているだけで,怯えた様子などは一切無い。
(………………本当に,吐き気がする………。頼ってくれたなんて烏滸がましいことを一瞬でも考えるなんて。)
まだ袖を掴んだままのレイの右手を視界に入れないように男たち二人を見つめる。
(ずっと制圧できるとは限らない。日本に着くギリギリ迄この状態で耐えて,直前に抑える。レイも,他の子達も,一般の方々も,誰一人として傷付けさせない。)
そう決めて日本に着く直前迄彼らを監視しようと考えた,その時,後ろの席から,子供の話し声が聞こえてきた。
「蘭姉ちゃん。おじさん,起きてないんじゃない?ほら。」
「え?…あっ!本当だ!もう,今の状況も知らずに呑気にうたた寝なんかして。何よ。もう!」
違和感を感じた。
この緊迫した状況下では少し不謹慎にも思える。
イザベラはちらりと後ろを盗み見ると,高校生くらいの髪の長い少女がレイと同じ通路側に,小学生くらいの眼鏡をかけた男の子がイザベラと同じ窓側に座って小さな声で話しているのが見えた。
ふと,隣でゴソゴソと動く気配を感じたかと思うと,向かいに座っているマチルダが驚いたようにイザベラを凝視していたのが見えた。
いや,正確に言えば,イザベラを見ているのではなく,レイの方を見ていた。
(?!レイ?!バレたら不味いわよ?!)
マチルダにならってレイの方を見てみると,レイはスマホを操作しているとやっと認識できる程度に取り出し,超高速で何かを打ち込んでいた。
飛行機に乗ったときにスマホの電源は切っていたはずだが,何時の間にか電源を入れて何処かに何かを連絡しようとしている。
万が一のときの為にと思って衛生の機能も付いている最新のスマホにしたから,電波が届かないところでも使えるのを分かっていてやっているのだろう。
イザベラはバレるのではないかとハラハラしていたが,レイは良い具合に俯き,スマホも,文字盤は見えず,辛うじて緑色のスマホケースがちらりと顔を覗かせているくらいなので,早々に気付かれるようなことは無いだろうと感じ,安心して,ホッと息をつく。
レイのことだ。何処にどの文字が表記されていて,入力出来るかということくらい,初めて見たときに一瞬で覚えてしまったのだろう。なんせ,一度読んだ本の内容を完璧に覚えているどころか,その本の場所まできっちりと記憶しているくらい,驚異的な記憶力を持っているのだ。そのくらいのことは容易いだろう。
暫くの間でもバレることはない。
そう,思ったのだが,
「ねえ,何してるの?」
「っ!?」
気付かれた?!
あまりに近くから聞こえてきた声にレイもイザベラもギクリとし,全く同じタイミングで,全く同じ動作で,上を見上げる。
が,そこには誰もいなかった。
お互いに避けているどうのこうのを忘れ,思わず顔を見合わせる。そして,もう一度振り返って見る。
だが,やはりそこには誰一人としておらず,ハイジャック犯は,一人が見張りで,もう一人がコックピットへ入り,機長と副操縦士に指示を出していた。
「こっちだよこっち。後ろ!」
コソコソと内緒話でもするかのような小さな声で呼ばれ,二人して座席と座席のほんの僅かな隙間から後ろの席を覗き込む。
すると,そこには,先程イザベラが不謹慎だと感じた,眼鏡をかけた少年が身を乗り出し,口元に手を当てて此方を見ていた。
「え。…ぁ‥。何?何の用?」
「今お話しするのは危ないわ。いい子にして座っていたほうがいいわよ?」
判断が早い分,諦めも早い親子だが,それと同じくらい切り替えも呑み込みも早いのである。
一瞬目を見開きはしたものの,直ぐに状況を理解したのか,それとも無視したのか,分からないくらいにあっさりと質問をしてきたり,諭してきたりしてきた二人に,今度は少年のほうが面食らったのか,少々驚いて固まった後,ハッとしたように我を取り戻し,あのね,と話し始める。
「そこのお兄さんなんだけど,ずっと俯いて何してるのかなって思ってさ。」
その一言を聞いて,レイは僅かに眉を寄せる。
イザベラも思わずピクリと眉を動かす。
少年は二人のその様子には気が付かなかったのか,そのまま話を続ける。
「お兄さん,さっきあの男の人に携帯電話とか,スマホとか出してって言われたときに持ってないって言ってたでしょ?その時はそうなんだって思ったんだけど,あの男の人が離れた途端,お兄さん,全然怖がってないように見えたし,ずっと俯いてるのに加えて僕,後ろから見てるからよく分からなかったんだけど,何かしてるなぁっていうのは分かったかから,聞いてみようと思って。」
「…………」
レイは黙ったままだ。何も喋ろうとしない。
イザベラがちょっと気まずいなと軽く現実逃避をしたときに,フッと微かに笑う気配がした。
「聞いてみようと思った…か。にしては随分と自信ありげじゃねえの?お前。」
「……えっ?」
今度は少年が冷や汗をかく方だった。
「だってそうだろ?お前,さっき,携帯を出せって言ったあのおっさん共の話題を出してきた挙げ句に,なにかしているのは分かったって言ったよな?それがいけないんだよ。」
レイは一度そこで言葉を切ると,ニヤリと笑って続ける。
「まあ,順を追って説明していくと,引っ掛かった点は2つ。まず1つ目。態々携帯出せって言ってきた話題出してその時はそう思ったってことは今は違うんだろ?それに,なにかしてるのは分かったんじゃなくて,何をしているのか分かったんだろ?だからお前はああ言ったんだ。次に2つ目。全然怖がってないように見えたって言ってたが,ずっと俯いてるのに加えて後ろから見てたからよく分からなかったって言ってたのに,何でお前は俺が全然怖がっていないように見えたんだ?……教えてやろうか?ハイジャック犯を見ていなかったからだろ?普通の人なら怖くて怖くて仕方無いし,何時,何をされるか分からないから控えめでも犯人を目で追う。でも俺はそうしなかった。それどころか全く見向きもせずにずっと下を見ていた。だから不審に思った。違うか?」
少年が絶句してレイの方を凝視する。
と,驚愕に染まっていた目が徐々に疑いの目へと変わる。その様子を見てもレイは顔色一つ変えずに顎を上げ,少年を上から見下ろすかのように見つめ,口角を持ち上げる。
「まあ,最初に『何してるの?』って聞いてきた時点でアウトだがな。それに,お前も怖がってなんかないようだし。」
少年は眼鏡を光らせ,目を細める。
完全に怪しまれている。イザベラはそう察して頭を抱えた。もう疲れた。現実逃避しよう。と決め,背凭れに体を預ける。
「お兄さん…‥。一体何者……?」
「こっちの台詞なんだがな。それ。つか,人に名前聞くときは自分からってこと,知らねえの?」
少年はレイに探りを入れ,レイは少年を挑発する。
ほんとに疲れた。とイザベラが思ったその時。第3者の声が聞こえてきた。
「ちょっとコナン君!何してるの?!見つかったら大変よ?!」
「ら,蘭姉ちゃん……。」
今度は少年の隣,通路側に座っている髪の長い高校生くらいの女の子の声だ。
コナンと呼ばれた少年はさっきまでの緊迫した空気を解き,子供らしい雰囲気を出す。
髪の長い少女は蘭というらしく,コナンという少年を辛うじて近くの席に聞こえる程度の声で叱りつける。
そのやり取りには流石にイザベラも後ろを振り返る。
その女の子は突然,此方を見たかと思うと軽い会釈程度に頭を下げた。
「すみません。私の連れなんですけど。迷惑かけましたよね?本当にすみません。」
「いや,別に。対して気にしてないんで,大丈夫です。っていうか,弟とか,従姉弟とかじゃないんすね。その子。」
「え?」
またコナンの目が疑いの輝きを放つ。
対して,蘭の方はキョトンとし,意味がいまいち分かっていないようだ。
「だってさっき,『連れ』って言ったでしょ?普通,弟だったら『弟』,従姉弟だったら『従姉弟』,友達だったら『友達』,知り合いだったら『知り合い』って言いうんですよ。人間は。でもあなたは『連れ』と言った。その子とあなたの年齢的に考えると候補は,弟,従姉弟,そして,あなたの親が施設のような場所から預かってきた養子。そして,知り合い。この4つになる。でもあなたは今,どれも言わず,『連れ』とだけ言った。つまりその子はどっかの家庭から預かっている子供。……と,っていう感じの辺りになるって思っただけっす。『預かっている子』っていうのはあんましいい印象を受けない人もいるから自然と他の表現の仕方にしてる人も居るっぽいんで。ほら。いるでしょ?育児放棄とか。」
しばしの沈黙。
からの,小声での歓声。
「すっごーい!!探偵みたーい!」
「いや,探偵じゃないです。」
蘭の褒め言葉を何とも思っていないかのように首を左右に振るその行動は相手を不快にさせてしまうことがある。だが,レイが言うと,嫌味にしか聞こえなくても,不思議と嫌な気分にはならない。これは昔からだった。理由はよく分からないが,これはレイだからこそのものだろう。
案の定,気にも留めていないらしく,蘭はすごい!を繰り返している。
もうすっかり,その場はハイジャック事件が起きている雰囲気を出させていない,ほんのちょっと賑やかな場となっている。
と,その時。威圧的な声が4人の頭上から降り注いだ。
「なぁんか,楽しそーな話ししてるじゃねえか。お前ら。」
「?!……ぁ。」
ハイジャック犯の一人が青筋を立てて話に割って入る。
蘭が小さく声を漏らし,やばいと感じた。
「てめえら。どういう度胸してんのか知らねえが,大人しくしておかないとどうなるかってことくらいは…分かるよな?」
ガタッと音を立ててユウゴが立ち上がる。が,もう一人の男に拳銃を向けられ,他の人や子供達に当たってはならないため,動くことはできず,大人しく指を咥えて見ているしかない。
「なあ,大人しくしろって言ったよな?意味,きちんと理解できてなかったか?」
「………っ」
蘭とコナンが息を飲み込む。
イザベラも,烏滸がましすぎるとは分かっていても,レイだけは!と,戦闘態勢に入る。
が,そのレイがまさかの行動に出る。
「………大人しくしろとは,俺ら,言われてないっすけど。」
「…………は?」
なんと,レイは相手に喧嘩を売り始めたのだ。
レイのその言葉にハイジャック犯は更に青筋を立てる。
だが,レイは気にも留めずにそのまま続ける。
「黙れとか,携帯電話を出せとか,そういったことは確かにあんたらは言ったけど,大人しくしろなんて一瞬たりとも言ってねえぞ。たった数秒前の出来事なのに,もう忘れたのかよ。…………アホか?」
「てっめえ!!!!このクソガキ!!」
怒る。これは確実に怒る。
イザベラ達家族は一斉に頭を抱えた。
っと。そんなことをしている場合ではない。
みんなが顔を上げると,胸倉をハイジャック犯に掴まれ,拳銃を押し付けられているレイの姿があった。
その場にいた全員が凍りつく。
だが,圧倒的不利の状況に立たされている(最早,立ちに行ったとしか思えない。)レイ本人は,相変わらずの無表情のまま,眉一つピクリとも動かさない。
男は,その様子に更に苛立ったのか,ビキビキと血管が浮き出るほどの青筋を立て,レイに,自身の,理不尽としか思えない感情をぶつける。
「お,おい!兄貴!!」
「ふざけんなよ!!てめえ!!!てめえに何が分かるってんだ!!てめえみたいなガキなんかに!!!俺達の母親が難病と闘ってんだよ!!その手術代が足りねえんだ!!そのために俺たちゃあやりたくもねえハイジャックなんかしてんだ!!女手一つで育ててくれた母親のために………!!」
「じゃあ逆に聞くけど。」
そこまで静かに聞いていたレイは唐突に口を挟み静かな声で切り出す。
「あんたらが,自分の息子二人がそのやりたくもないハイジャックなんかやってるんだと知ったら,あんたらの母親は喜んでくれると思うか?」
「‥‥ッ!!」
静かに,でも,男達の核心をついたレイの言葉は,男達を黙らせるのには十分だった。
レイは,何を思ったのか,少しの間を空けもう一度男達をそれぞれ一瞥してから口を開いた。
「……あんたらの母親を想う気持ちは十分に伝わったよ。これ以上ないくらいに。……俺はあんたらの気持ちはわからない。そりゃそうだ。だって俺は俺で,あんたらはあんたらだ。『理解』はできても『共有』はできねえ。でも,手を貸すことはできる。…………その手術代。幾ら必要なんだ?」
「……………病が…かなり進行してるから……300万くらいは必要だって………。でも,うちは元々貧乏で,金なんかなくて……食っていくことができるってくらいだったし。」
自分で言っていて悲しく,そして悔しく思ったのか,段々と声は小さくなっているし,途切れ途切れにもなっている。レイの胸倉を掴む腕の力も弱くなっていき,遂にはその場に座り込んでしまった。
もう一人の方も,俯いて唇を噛みしめている。
レイは襟を直し,その様子をじっと見下ろすと,分かった。っと息を吐きながら言った。
「…だそうだぜ。社長。」
「……え?」
そう言ってレイは持っていたスマホの画面が二人の男に見えるように掲げる。
その画面には,Normanと表示されており,通話中という意味のCallingという文字がはっきりと示されている。
〘うん。事情は分かったよ。ハイジャックの件は……8まあ,今は置いておくとして,お金なら貸してもいいよ。有り余ってるから。〙
電話口からノーマン,もとい,社長の声がしている。
全員が目を見開いて驚いていると,レイはしてやったりといった表情を浮かべる。
〘まあ,そういうことだから,ハイジャックなんてやめよう?300万円なんて僕の会社なら余裕で出せる。勿論,担保なんていらないし,返してくれなくったって全然大丈夫だよ。ね?副社長。〙
「ああ。問題無い。お前のお陰で短期間でかなり会社はデカくなっていったからな。300万なら貸せる。………だが,俺からは一つ,条件を出す。」
あまりにうまい話と,子供が副社長など,少々考えられないことなので疑ってはいるようだが,それでも,ほんの少し期待はしているようだ。
レイの『条件』という言葉に二人共反応し,身構えたが,レイは二人を一度,軽く一瞥したあと,この飛行機全体を見回して,優しく,諭すかのように条件を出す。
「このハイジャックを起こして今,ここに居る人達に迷惑をかけ,恐怖を与えたことを謝れ。でなきゃ,どれだけうちのお人好し社長が良いっつっても,俺は承諾しねえ。」
〘アハハ。お人好しだなんて,随分と盛ったね。レイ。……でも,まあ。確かに。そうだね。迷惑とかかけてるんだもん。〙
レイとノーマンの言葉にハッとした男達は,乗客全員が見渡せる,コックピットの前に行くと,同時に頭を下げて勢いよく謝罪する。
「「申し訳ございませんでした!!!私情でこんなことをしてしまって……!!」」
あまりにも急な展開に,終始固まっていた乗客達は,大きい声で,潔く謝ってきたハイジャック犯二人にハッとしてどうするべきか戸惑っている者や,或いは更に混乱してしまっている者など,各々の反応を示している。
レイがそれにピリオドをうつかのように少し笑って,昔からの口癖になっている台詞を言う。
「チェックメイト。これで解決…だな。」
〘…うん。そうだね。〙
それにノーマンが相槌を打ち,ピリピリとしていた空間は途端に緩く,居心地の良い空間へと変わる。
すべて終わったと分かると,ノーマンはじゃあ,また日本で。と言って電話を切った。そして,レイは男達に近付くと,優しい笑みを浮かべて安心させるように,家族の中で言えば,実に兄らしい声色でゆっくりと,一音一音聞き取れるように話し出す。
「悪いけど,警察には連絡,しちまったんだ。けど,事情を話せば,ほんの少しでも時間はくれるかもしれない。いや,時間をもらう。だから,頂いたその時間に,あんたらの母親に会って,あんた達から手術代を出すんだ。さっきはああ言ったけど,やり方はともあれ,きっと,喜んでくれるはずだから。」
「「!!!!あ,ありがとうございます!!」」
年下のはずが,もうすっかり敬語になってしまっている。
その様子にレイは少し苦笑を漏らし全員を振り返る。
「さあ,事件は解決。このことはもう気にせず……っていうのは無理でも,もう大丈夫だから気を抜いてくれていいですよ。あとは空港に着いてから。」
レイがそう言うと,一般の人達は困惑しつつも,つい先程迄ハイジャックをしていた二人の男が大人しくしているのを見てホッとし,張り詰めていた気を抜く。
ユウゴは今度こそ立ち上がってレイの方へ向かい,少し癖毛の頭をグシャグシャと掻き交ぜる。
「ぉわっ!」
「良くやったな。レイ。」
「ユウゴ……。」
少し戸惑いつつ,迷惑そうにしつつも,相変わらず,ユウゴと居るときは若干嬉しそうにしている。
その様子をイザベラは,目を伏せることで視界に入れないようにする。
「ママ。」
「!!!レ,レイ。」
ふと,いきなり頭上から声がかかる。
イザベラが驚いて顔を上げると,レイが少しの笑みを浮かべてイザベラの座席の横,つまり,レイ自身の座席の前に立っていた。
「…………あ,あのさ,ありがと。協力してくれて。ずっと,俺が勝手に演技してただけだけど……対応してくれて。マジ助かった。」
「!!!!ぃ,いいえ。大丈夫よ。このくらい。」
まさかお礼を言われるとは思っておらず,イザベラは珍しく混乱して,まともに言葉が返せなかった。
言い終わるとレイは満足したのか,自身の座席に座り,シートベルトをつけ直す。
何時の間にか,ハイジャック犯達は,コックピットへ行っており,機長達に謝っている。
暫くして自分達が座っていた席へと戻り,大人しく腰掛けると,機内は静寂に包まれた。
イザベラがふうと思わず息をつくと,指すような視線を後ろから感じ,分かってはいるものの,横目で後ろを振り返る。すると,あの眼鏡の少年,コナンがこちらを探っているような目を向けているのに気付く。
ふと,左肩に何かが当たった気がしてイザベラが振り向くと,そこには,イザベラに寄りかかって,静かに寝息を立てているレイが居た。レイは早くも夢の世界へと旅立っており,スースーと,落ち着いた呼吸が聞こえてくる。
(…………)
イザベラは,思わず,その顔に触れる。頬を撫で,髪をさらりととく。頬は子供らしく,柔らかい感触で,髪の方は,ハウスに居た頃よりも癖が付いているが,レイがまだイザベラに取引を持ち掛ける前に触った感触と全く同じだった。
(レイ……。)
ピクリと眉が動いた。
イザベラは慌てて,無意識に触れていた手を引き,レイの様子を窺うが,ゆったりとした寝息をたてているのを見て,ほっと胸を撫で下ろす。
コナンが見ていたことすら,すっかり忘れて,イザベラは,自身も眠たくなる迄,レイに触れ続けていた。
コナンは,その様子を厳しい目つきで見ていた。
(何者なんだ?こいつ。)
コナンには戸籍がない。
当然だ。江戸川コナンという人物はこの世には存在しない人物なんだから。
コナンは元々,工藤新一という高校生探偵だった。だが,ある日,ある組織の男に飲まされた薬で体が縮んでしまい,正体を隠すためにこうして江戸川コナンという架空の人物を創り上げたのだ。
つまり,見た目は只の小学1年生でも,精神年齢(実年齢)としては高校2年生なのだ。
(あの推理力………。只者じゃねえ。俺のたった一言でさえにも違和感を持ち,あの一瞬で確信にまで思い当たるなんて……。何者だ?)
自慢の頭脳でぐるぐると考えるが,情報が少なすぎるがために何の進展もない。寧ろ,疑問は増えるばかりだった。
(……この女性…。何かわけありだな。見たところ,親子っぽいけど………。くっそ!!!情報がねえ!!この段階では何とも言えねえ!!)
悔しさで頭を掻き,唇を噛み締める。
隣の蘭は幸い,すやすやと寝息を立てているため,怪しまれずにすんでいる。
だが,途端にコナンは顔を上げ,前の席に座っている二人を,レイを見据える。
(てめえのこと,徹底的に暴いてやるよ!この俺が!!)
嫌な奴に目を付けられたレイ。分かるのは,今日は厄日であるのだろうということだけである。