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エルクとの生活は、恋人を失ってからずっと無気力だったニックスに変化をもたらした。ニックスの心は潤い、その顔には笑顔が戻ってきた。
そして、常に自分の傍らにいるエルクに対する想いは募るばかりだった。正直に言えば、はじめは確かにエルクの上に、過去の恋人の面影を重ねていたことは否定しない。しかし今ではその面影さえ薄れるほど、ニックスの目にはエルクしか映っていない。だから、いつかエルクが全てを思い出して、自分の元を去る日が来るかもしれないとふと想像してしまう度に、ニックスの胸は切なさと苦しさでいっぱいになった。
そんなある晩のことだ。
いつものように狭いベッドで身を寄せ合いながら眠りにつこうとしていた時、エルクが天井を向いたままぽつんと言った。
「ねぇ、ニックス。最近のあなたは、時々辛そうな顔をするね」
「え?」
ニックスはどきりとした。まさか自分の心の内に気づかれたのかと、横目でエルクの様子を窺う。
エルクはごろんと寝返りを打ち、ニックスの逞しい二の腕に額をつける。
「僕には話せないこと?」
腕にエルクの息がかかって、ニックスの鼓動は落ち着きをなくす。
「そういう訳じゃない。誰かに話すようなことじゃないってだけだ。だけど、心配してくれてありがとな。さ、もう眠ろう」
この鼓動が伝わらないように早くエルクから離れなければと、ニックスはさり気なさを装って彼に背を向けた。
そんなニックスをエルクの腕が捉える。
シャツの薄い布越しにエルクの体温を感じて、ニックスの全身は強張った。
「エ、エルク。離れてくれ」
「いやだ。話してくれるまで離れない。あなたが心に抱えているもの、僕にも分けてよ。大好きなニックスには、いつだって笑顔でいてほしいんだ」
ニックスはエルクの言葉に息を飲んだ。まさか彼も自分を、などと都合のいいように解釈しかけたが、慌ててその考えを頭の中から追い払う。エルクの言う「好き」は友人知人としての意味合いのものなのだと、ニックスは自分自身に言い聞かせた。
その間にもエルクは、ニックスの体に回した腕に力を込める。
「エルク、手を離すんだ」
「いやだ。愛する人の辛い顔は見たくないんだ。あなたのために、何かしたいんだよ」
「愛するって……」
ニックスは動揺した。エルクの言葉が頭の中でぐるぐると回る。
「ニックスは僕のこと、どう思ってる?はじめ僕は、あなたに感謝の気持ちしかなかった。だけど、ぶっきらぼうな言い方をしながらも優しいあなたに、だんだんと惹かれていった。あなたが僕に、誰かを重ねていることは知ってる。だけど僕はあなたを愛している。大切な人なんだ。だから……」
エルクの腕から力が抜ける。
「本当は言うつもりはなかった。ただあなたの傍に居られれば十分だと思っていたんだ……」
ニックスは胸の奥から温かい気持ちがこみ上げてくるのを感じた。恋人の死からこっち、自分に対して、愛を向けてくれる相手が再び現れるとは思っていなかった。また、自分のエルクへの想いは一方通行のものだと思っていたから、彼に悟られないようにずっと隠し通すつもりでいた。それなのに、今エルクはなんと言った。
「今言ったことは、本当なのか?」
「……本当だよ。だけど迷惑ならそう言って。明日にはここを出て行くよ」
「どうしてそうなるんだ」
ニックスは力なく笑い、エルクの方に体を向けた。
「エルク、俺にも言わせてくれ。お前が好きだ。愛しているよ。お前を拾ったあの日からずっと、お前は俺にとって特別な存在なんだ」
「……本当に?」
エルクはニックスの顔を両手で挟み込み、そこにあるアーモンド形の瞳を覗き込んだ。
窓から差し込んでくる月の光が、エルクの金髪を照らす。
これは現実のことなのか確かめたくて、ニックスはその美しい髪に手を伸ばした。ため息をもらし、エルクの双眸を見つめる。
「これは、夢じゃないんだな」
「本当のことだよ。ニックス、愛してる」
輝かんばかりの笑顔でエルクは首を伸ばし、その形のいい唇でニックスの唇にそっと触れた。
その熱を受け止めながら、ニックスはエルクの華奢な背中に手を回した。