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惑星テラ・ノヴァ。
鉄道の開通から数日が経過した前線基地(FOB)は、かつてない「物流クライシス」に見舞われていた。
それは不足(ショート)ではない。逆だ。
圧倒的なまでの「過剰(オーバーフロー)」である。
ポッポーッ!!
南部の銅鉱山から戻ってきた貨物列車が、けたたましい汽笛を鳴らしてステーションに滑り込む。
巨大なインサータが唸りを上げ、貨車から赤茶色の鉱石を掴み出し、ベルトコンベアへと放り込む。
だが、そのコンベアは、すでに動いていなかった。
「……止まった」
司令室のモニター前で、工藤創一は頭を抱えた。
「またかよ! 銅板ラインが詰まってる!」
画面上の製錬エリアは、赤色のランプが点滅していた。
倉庫代わりの鋼鉄製チェストが満杯になり、行き場を失った銅板がコンベアを埋め尽くしている。
そのあおりを受けて、100台近い電気炉(Electric Furnace)が、一斉に稼働を停止した。
フゥゥゥン……
炉の駆動音が消えると同時に、基地全体の電力消費グラフがガクンと落ちる。
負荷が急減したことで、逆に電圧が一時的に跳ね上がり、稼働中の化学プラントや研究所の照明がチカチカと明滅した。
『警告。電力グリッドの負荷変動を検知。
銅製錬ラインの停止により、余剰電力が不安定化しています』
「くそっ、工場は生き物だな……。
一箇所が詰まると、血圧がおかしくなる」
創一はイライラと貧乏ゆすりをした。
銅が詰まると、同じ原石から出る石材の処理も止まり、結果として鉄や石炭のラインにまで影響が出る。
かといって、せっかく掘った資源を捨てるのも忍びない。
「……日下部さん。
これ、なんとかなりませんか?
もう基地の倉庫はパンク寸前です。
俺のインベントリも銅板で埋まってて、重くて動けません」
通信ウィンドウの向こうで、日下部駐在員が眼鏡を光らせた。
彼は東京の執務室にいるが、その手元には、すでに分厚い計画書が用意されていた。
『ええ、工藤さん。お待ちしていましたよ』
「へ?」
『その「嬉しい悲鳴」をです。
以前の会議で決定した通り、溢れた銅資源の「放出」オペレーションを開始します。
ゲートを開いてください。
日本側の受け入れ態勢は万全です』
「おお! やってくれるんですか!
助かります! 全部、持っていってください!」
創一は救世主を見る目で、日下部を見た。
彼にとって今の銅板は、ただの「ラインを詰まらせる邪魔な赤色の板」でしかなかったからだ。
◇
東京湾岸、新木場エリア。
表向きは「内閣府・次世代リサイクル研究センター」の看板を掲げた厳重な警備区画。
その巨大倉庫のゲートが開き、異星からのベルトコンベアが接続された。
ガガガガガガッ……
流れてきたのは、眩いばかりに輝く純度99.99%の銅板(インゴット)の山だ。
テラ・ノヴァの電気炉で精錬されたばかりの、不純物を一切含まない最高級の銅。
それが滝のように、日本の倉庫へと雪崩れ込んでくる。
「……壮観だな」
現場で指揮を執る経産省の官僚が、ゴクリと唾を飲み込んだ。
目の前にあるのは、ただの金属ではない。
数億円、いや数十億円の札束の山だ。
「よし、作業開始!
『成分調整(キャリブレーション)』を急げ!」
彼の号令と共に、作業員たちが動き出した。
だが、彼らがやっていることは、通常の常識とは真逆だった。
彼らは別のトラックから降ろされた「ゴミ」——廃電線、焼け焦げた基板、錆びた銅パイプなどのスクラップを、このピカピカの銅板の山に放り込んでいたのだ。
「ああ、もったいない……」
現場の冶金技術者が、涙目で嘆いた。
「こんな宝石みたいに綺麗な銅を、わざわざ汚いスクラップと混ぜて溶かすなんて……。
技術者として、心が痛みます」
「我慢してください、先生」
視察に来ていた日下部が、冷徹に諭した。
「そのまま市場に流せば、即座に足がつきます。
テラ・ノヴァの銅は、地球上のどの鉱山とも、微量元素の比率(フィンガープリント)が異なる可能性があります。
それに、あまりにも均質すぎる」
日下部は、溶解炉へと運ばれていく銅とゴミの混合物を見つめた。
「だから混ぜるんです。
日本中から回収した『都市鉱山(アーバン・マイン)』のスクラップと混ぜ合わせ、成分を平均化し、由来を曖昧にする。
我々はこれを、『トレーサビリティの希釈』と呼んでいます」
「……資源ロンダリングとは言わないんですね」
「人聞きが悪い。あくまで『規格の標準化』ですよ」
日下部は薄く笑った。
溶解炉が轟音を立て、異星の銅と地球のゴミが混ざり合い、ドロドロの液体となって吐き出されていく。
それは冷却され、新たな「日本産電気銅」として刻印を打たれた。
出自を消された富が、ここから世界市場へと流れていく。
◇
数日後。
ワシントンD.C.、ホワイトハウス。
大統領執務室(オーバル・オフィス)では、またしても頭の痛い報告会が開かれていた。
「……で、今度は何だ?
木材の次は、金属か?」
ロバート・“ボブ”・ウォーレン大統領は、不機嫌そうにコーヒーカップを置いた。
目の前には商務長官と、CIA長官エレノア・バーンズが立っている。
だが二人の表情は対照的だった。
商務長官は明るく、エレノアは苦々しい。
「はい、大統領」
商務長官がタブレットを提示した。
「先週から市場において、日本からの銅地金の供給量が急増しています。
品質は極めて良好。
おかげで高騰していた銅価格が落ち着きを見せ、テスラやゼネラル・モーターズ(GM)などのEVメーカーが大喜びです。
彼らのロビイストからは、『日本からの輸入枠をもっと拡大しろ』と矢の催促が来ていますよ」
「日本経済が元気なのは、いいことじゃないか。
同盟国が潤えば、我々の負担も減る」
「問題は、その『出処』です」
エレノアが低い声で割って入った。
「日本には稼働中の銅鉱山はありません。
100%輸入に頼っているはずです。
それなのになぜ、『輸出国』のような振る舞いができるのです?」
「……ふむ」
ウォーレンは目を細めた。
確かに不自然だ。
木材の時と同じパターンだ。
資源のない島国から、資源が湧き出している。
「で、分析結果は?
また『魔法の銅』なのか?」
「いいえ」
エレノアは首を横に振った。
悔しそうに、一枚の分析レポートをデスクに置く。
「我々の科学班が徹底的に調べましたが、結果は『シロ』です。
成分には様々な産地の銅の特徴が微量に混在しています。
チリ産、オーストラリア産、インドネシア産……。
さらに微量のプラスチック残渣や、稀少金属(レアメタル)の痕跡も見られます。
……つまりこれは『スクラップから再生された銅』です」
「リサイクル品だと?」
「はい。科学的に見て、それ以外の結論はありません」
ウォーレンは呆気にとられた。
日本が国を挙げてゴミ拾いをした結果、世界市場を動かすほどの銅が集まったと言うのか?
「日本政府は、『都市鉱山からの高度な回収技術が確立された』と発表しています。
商務省としては、安くて高品質な銅が手に入るなら、歓迎すべきことです。
下手に疑って供給を止めれば、産業界からの反発は必至です」
商務長官が釘を刺す。
CIAがどれだけ怪しもうと、経済の論理がそれを押し潰す。
日本はアメリカ国内の「欲」を味方につけていた。
「……分からんな」
ウォーレンは首をひねった。
木材は怪しい。
だが銅は、理屈が通ってしまう。
リサイクルで世界を救う?
出来すぎた話だが、否定する証拠がない。
「引き続き監視を続けろ。
だが……産業界の顔色も窺わんとな。
日本は上手く立ち回っているよ。
我々の胃袋を掴んで離さない」
◇
一方、東京。
首相官邸の地下では、日下部が端末の口座残高を確認し、静かに息を吐いた。
「……着金確認。
第一弾の売却益だけで、今年度の予備費を超えました」
モニターの向こうの創一に報告する。
『おお! やった!
これで予算不足解消ですね!』
「ええ。
アメリカ政府も、銅に関しては産業界からの圧力もあり、強い措置には出られないようです。
『ゴミ』を混ぜた甲斐がありました」
日下部は安堵したが、その表情には僅かな影があった。
資金は確保できた。
だが大量の物資が動き、巨額の金が動いたことで、世界中の情報機関の「盗聴アンテナ」が、より強く日本へ向けられたのを感じていた。
物流データのノイズが増えすぎたのだ。
もはや「目立たずにやる」フェーズは終わりつつあるのかもしれない。
「工藤さん。
これで当面の資金および資材調達には困りません。
防衛費も、貴方の食費も、そして……『次の研究』への投資も、無制限に行えます」
『了解です!
カツ丼はともかく、これで心置きなく進めますね』
創一は手元の技術ツリー画面を開いた。
資金の憂いがなくなった今、彼が目指すのは、より強力な破壊力——すなわち火薬の道だ。
『じゃあお言葉に甘えて。
次は『爆薬(Explosives)』と『崖用爆薬(Cliff Explosives)』の研究を始めます。
工場の邪魔になる崖を、ドカーンと吹き飛ばして整地したいんで』
「爆薬ですか」
『はい。
硫黄と石炭と水で作れます。
まあ、ちょっと……いや、かなり大きな音がしますけど、大丈夫ですよね?
地下だし』
「……多少の振動なら、地震大国ですから誤魔化せます。
派手にやってください」
日下部は許可を出した。
アメリカを経済で煙に巻き、次はテラ・ノヴァの地形を爆破で変える。
日本と異星の共犯関係は、銅の輝きと火薬の匂いと共に、より強固なものへと進化しようとしていた。
リサイクルという名の資源ロンダリングは成功した。
だが、その莫大なエネルギーの奔流は、確実に「眠れる敵」たちを呼び覚ましつつあった。
勝利の代償は、静寂の喪失だった。