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季節が巡った。
惑星テラ・ノヴァにも、微かながら季節の移ろいは存在する。
風に含まれる湿度が下がり、赤茶色の荒野を吹き抜ける風が、少しだけ肌寒さを帯び始めていた。
銅の「資源ロンダリング」による資金確保から、およそ一ヶ月。
潤沢な資金と資材を得た「テラ・ノヴァ・プロジェクト」は、爆発的な加速(ブースト)を見せていた。
前線基地(FOB)は拡張に次ぐ拡張を重ね、今や初期の倍以上の面積を誇る、一大生産拠点へと変貌していた。
そして、その支配領域は、鋼鉄のレールに乗って、さらに外へと伸びていた。
ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン…… ポォォォォォォッ!!
乾いた汽笛が、未知の空に響き渡る。
黒煙を吐き出しながら荒野を疾走するのは、装甲化されたディーゼル機関車だ。
その後ろには、資材を満載した貨車と、武装した兵員を乗せた客車が連結されている。
「……随分と遠くまで来ましたね、工藤さん」
客車の窓から流れる景色を見ながら、権田隊長が感慨深げに呟いた。
揺れは驚くほど少ない。
日本の新幹線のような快適さはないが、重厚な安定感がある。
「ええ。ここが新しい最前線(フロンティア)です。
FOBから北東へ15キロ。
イヴの広域スキャンで見つかった、有望な資源地帯です」
工藤創一は、手元のタブレットで地図を確認しながら答えた。
彼の装備は、一ヶ月前とは様変わりしていた。
鈍い銀色に輝く、全身を覆う金属の塊——『ヘビーアーマー(Heavy Armor)』だ。
それは服というよりは、人間が乗り込む「外骨格」に近い。
権田をはじめとする防衛隊の精鋭たちも、全員がこの鋼鉄の鎧を纏っている。
『まもなく、目標地点「アウトポスト・ブラボー」予定地に到着します。
周辺に敵影なし。
ただし、バイターの巣(ネスト)反応が、近距離に多数確認されています』
イヴのアナウンスと共に、列車が減速を始めた。
ブレーキの軋む音と共に、巨大な鉄塊が停止する。
「よし、総員降車!
周囲を警戒せよ!
ここはまだ俺たちの庭じゃない、敵地だ!」
権田の号令で、隊員たちが次々と飛び降りた。
ドスン、ドスン!
重量級の着地音が響くが、彼らの動きは軽快だ。
ナノマシンによるパワーアシストが、数百キロの装甲重量を完全に相殺している。
「とりあえず、線路はここまで通しましたから、ここに新たな前線基地(アウトポスト)を設置していきましょうか」
創一はインベントリから建設資材を取り出した。
まずは安全確保だ。
「壁(Wall)を展開!
ガンタレットを四隅に設置!
電柱を引いて、本線から動力を供給!」
彼の指示に従い、青写真(ブループリント)通りの配置で、瞬く間に簡易要塞が組み上がっていく。
「……何度見ても、魔法ですね」
「魔法じゃないですよ、科学です」
創一は笑いながら、ガンタレットに弾薬(貫通弾)を装填した。
これで最低限の橋頭堡は確保できた。
「さて、今回の目玉は、こいつです」
基地の設営が一段落した後、創一は一同を少し離れた岩場へと案内した。
そこには、いつもの鉄や銅とは違う、怪しく青白く発光する鉱脈が露出していた。
「これは……?」
「レアメタル(Rare Metals)です」
創一はガイガーカウンターのような測定器をかざした。
ピピピ、と警告音が鳴る。
「レアアースや、ウランに近い重金属を含んだ複合鉱脈ですね。
地球で言えば、ハイテク産業のビタミン剤であり、戦略物資の塊です。
これを掘り出して精錬すれば、より高度な電子部品や、強力な合金が作れます」
「へぇ……それは凄い。
日本が喉から手が出るほど欲しがっているやつですね」
隊員の一人が感心して鉱石に触れようとしたが、創一は軽く手で制した。
「あ、素手で触らない方がいいですよ。
微弱ですが、放射線が出てますから」
「ッ!?」
隊員は弾かれたように手を引っ込めた。
放射能。
見えない死神。
現代人にとって、これほど忌避すべき言葉はない。
「ちょ、ちょっと工藤さん!
そんな危険なものを掘って、大丈夫なんですか!?
被曝しますよ!?」
「大丈夫ですよ。
まず、このヘビーアーマーには、鉛と多重構造の遮蔽材が組み込まれてますから、この程度の線量なら完全にシャットアウトできます。
宇宙服並みの防護性能がありますからね」
創一は自分の胸甲をコンコンと叩いた。
「それに、もし作業中に被曝して体調が悪くなっても、問題ありません。
『医療用キット(Med Kit)』がありますから」
「……は?」
「あれ、細胞修復ナノマシンが入ってるんで、放射線によるDNA損傷も治せるんですよ。
癌だろうが、急性放射線障害だろうが、パシュッと打てば元通りです。
だから、もし汚染されても大丈夫ですよ?」
あっけらかんと言う創一に、隊員たちは顔を見合わせた。
ドン引き、という表情だ。
「……うーん、改めて無茶苦茶ですね」
「被曝を『怪我』レベルで捉えている……」
「ヘビーアーマー着てれば、そもそも平気だし、被曝しても薬で治る。
つまり、リスクゼロってことか?
論理は通ってるが……」
常識が崩壊していく音が聞こえる。
地球なら、放射性廃棄物の処理だけで数万年単位の議論になる問題が、ここでは「防具着てればOK、ダメなら薬でポン」で解決されてしまう。
あまりにも合理的すぎて、倫理観が追いつかない。
「まあ、地球に持って帰って精錬すると、廃棄物の処理とか法律とかで面倒くさいことになりますけど、ここで現地精錬して製品化しちゃえば、関係ないですからね。
レアメタルは電動採掘機で掘って、現地の鋼鉄の炉でインゴットにしちゃいましょう」
創一は手際よく電動掘削機を設置し、電柱からケーブルを繋いだ。
ウィィィン……とモーターが回り出し、青白い鉱石がコンベアに吐き出されていく。
「これでよし!
レアメタルが取れるようになるのは、デカいですね。
高度な基板や、モジュール強化に使えますから」
「——総員、戦闘配置!
3時の方向から敵性生物接近!
数、50以上!」
突然、見張りの隊員が叫んだ。
掘削機の稼働音と振動が、近くの巣を刺激したのだ。
荒野の向こうから、赤黒い波のようなバイターの群れが押し寄せてくる。
しかも、以前よりもサイズが大きい。
「中型バイター(Medium Biter)」が含まれている。
「来ましたか。
ちょうどいい、ヘビーアーマーの性能試験と、掃除(クリーニング)を兼ねましょう」
創一はヘルメットのバイザーを下ろした。
HUD(ヘッドアップディスプレイ)に、敵影が赤いマーカーで表示される。
「隊長、やっちゃってください」
「了解。
総員、構え(ウェポン・フリー)!
目標、前方バイター群!」
権田の号令と共に、隊員たちが一斉に武器を構えた。
彼らが手にしているのは、自衛隊制式の89式小銃ではない。
地球から持ち込まれた、対車両用の12.7mm対物ライフル(バレットM82)や、さらに大口径の20mm対戦車ライフルだ。
通常なら、伏せて二脚(バイポッド)を立て、強烈な反動に耐えながら撃つ代物だ。
だが、彼らはそれを「立って(スタンディング)」構えていた。
「撃てッ!!」
ズドンッ! ズドンッ! ドォォォン!!
轟音と共に、極太のマズルフラッシュが走る。
本来なら人間の肩など粉砕するほどの反動が襲うはずだが、ヘビーアーマーのサーボモーターが瞬時に作動し、衝撃を地面へと逃がす。
隊員たちの体は、数センチ後ろに揺らいだだけだ。
「制御できる……!
これなら連射も可能だ!」
隊員がトリガーを引き続ける。
重機関銃のような弾幕が、バイターの群れに突き刺さる。
中型バイターの分厚い甲殻も、対物ライフルの徹甲弾の前には紙同然だ。
着弾のたびに肉塊が弾け飛び、緑色の体液が舞う。
「凄い! まるで戦車砲を撃ってる気分だ!」
「反動がないぞ! これなら百発撃っても肩が凝らない!」
圧倒的な火力。
歩兵が歩兵の枠を超え、歩く砲台と化していた。
しかし、数は敵の方が多い。
死骸を乗り越えて、さらに奥から後続が湧いてくる。
巣(ネスト)がある限り、彼らは無限に湧いてくるのだ。
「……鬱陶しいですね。
やっぱり、元を断たないと」
創一が一歩前に出た。
彼の手には、ライフルではなく、無骨なタンクとノズルのついた重火器が握られている。
今回、新たに開発・実戦配備された新兵器。
『火炎放射器(Flamethrower)』だ。
「バイターは消毒だ!!!」
ゴォォォォォォォォッ!!
ノズルから、圧縮された原油と重油の混合燃料が噴射され、着火される。
猛烈な炎の柱が、30メートル先まで到達し、扇状に広がった。
ギャアアアアアッ!!
バイターたちが断末魔を上げる暇もなく、炭化していく。
この火炎放射器は、地球のそれとは威力が違う。
精製された高純度燃料を使用し、ナノマシン制御で燃焼効率を最大化しているため、鉄すら溶かす高温の炎を長時間放射できるのだ。
「ヒャッハー!
燃えろ燃えろ!
汚物は焼却処分だ!」
創一はトリガーを引きっぱなしで、ノズルを左右に薙ぎ払った。
地面に残った炎(火炎床)が、後続のバイターたちの足を焼き、進行を阻む。
そこへ、隊員たちの対物ライフルが追い打ちをかける。
「……工藤さん、楽しそうですね」
「ああ、なると、止まらんな」
権田たちは苦笑しながらも、その圧倒的な殲滅力に舌を巻いた。
数分後。
視界を埋め尽くしていたバイターの群れは全滅し、奥にあったいくつかの巣も、炎に包まれて崩れ落ちていた。
戦闘終了。
あたりには焦げ臭い匂いと、独特の薬品のような臭気が漂っている。
「ふゥー……スッキリした」
創一は火炎放射器を下ろし、ヘルメットの排気ファンを回した。
さて、戦利品の回収だ。
「お、ありましたね。
紫色のプルプルしたやつ」
黒焦げになった巣の残骸から、奇跡的に焼け残った有機物質の塊を見つけ出す。
『バイオマター(Biomatter)』。
テラ・ノヴァにおける、最も価値あるドロップアイテムだ。
「……1、2、3……よし、50個ゲットだ!」
創一はガッツポーズをした。
巣を3つほど潰した成果だ。大収穫である。
「やったー!
これで今月のノルマも余裕ですね」
彼は脳内で計算する。
「10個は、日本政府との契約通り『今月の医療用キット』生産分に回して……。
残りの40個は、全部、自分のために使おう」
『マスター。
その40個の使用用途は、すでに決定済みですか?』
イヴが問いかける。
「もちろんだ。
『軍事テクノロジーカード(Military Tech Card)』の研究だ」
軍事研究を進めるには、このバイオマターが大量に必要になる。
前回は虎の子の10個を使って基本的な強化を済ませたが、今回は40個もある。
これなら、さらに上の段階へ進める。
「貫通弾の威力強化もいいけど……今回はこれだ。
『ディフェンダーロボット(Defender Capsule)』」
ホログラムに、小さな球体のドローンが表示される。
使い捨ての戦闘用ドローンだ。
カプセルを投げると展開し、一定時間、使用者の周りを浮遊しながら敵を自動攻撃する。
「護衛にドローンが欲しいんですよね。
いちいち俺が撃たなくても、勝手に周りを守ってくれるやつ」
『……解析結果を表示します。
ディフェンダーロボットの攻撃力は低く、耐久性も皆無です。
中型バイター以上の敵に対しては、決定打にはなりません』
イヴが冷淡にコメントする。
確かに、初期型のコンバットロボットは豆鉄砲のような威力しかない。
コスト(バイオマター)に見合うかと言われると微妙だ。
「いやいや、イヴ。
戦力として微妙なのは分かってるけど、大事なのは『手数』と『デコイ(囮)』だよ。
それに、何より……自分の周りをロボットが飛んでるって、カッコイイだろ?」
『……ロマンですか。
理解しました。
あくまで「護身装備」および「精神的充足」のための研究として処理します』
「言い方が辛辣だなあ!
まあいいや、研究開始!」
創一はバイオマターをインベントリから研究所へ転送した。
これで、次回の遠征からは、空飛ぶ円盤のような頼もしい(?)相棒が追従してくれるはずだ。
「よし、レアメタル鉱山の確保完了。
バイターの巣も掃除完了。
お土産もゲット。
……完璧な遠征でしたね、隊長!」
「ええ。
しかし工藤さん、この放射能汚染された鉱石、本当に持って帰っていいんですか?
日本の税関とか、絶対に通らないと思いますが」
権田が心配そうに、青白く光る鉱石の山を見た。
「あー、地球には持ち込まない方がいいですね。
全部、こっちで消費しましょう。
これを加工して……次は、もっと凄いものを作りますよ」
創一の瞳が、怪しく輝いた。
レアメタル。
それは、電子機器の高性能化だけでなく、将来的な「モジュール(Module)」や、さらに強力なエネルギー兵器への扉を開く鍵だ。
工場の進化は、放射能すらもエネルギーとして飲み込み、更なる高みへと登ろうとしていた。