テラーノベル
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デイビットさんの腕枕で眠り、デイビットさんに送って貰い、お店の仕事に立つ。
森田さんが何度も何度も私に視線を送ってくるが、仕事に努めること、午前11時。
小百合さんもおじさんも、気にしないでと何度も何度も私に言ってくれたから、きっと森田さんは私たちのお見合いが駄目だったのを察している。
詳細を聞きたくてうずうずしているんだと思う。
いつもならきっちり対応するのに、今日はお土産袋を一つ多く入れてしまう彼女らしくないミスをしていたから。
「おい」
暖簾を上げて、幹太さんが店にやって来た瞬間、森田さんの顔が私を見た。
「はい」
「迎えが来る時間になったら頼んで着替えろよ」
なぜか幹太さんまでそわそわ落ち着かず、調理場と店を先ほどから行き来している。
私に何か言いたいことがありそうなのだけど、森田さんの手前なかなか本題に入れていない。
ちょうど、電話が鳴り、森田さんが対応すると幹太さんは小さく咳払いした。
「お前、イギリス語はできるのか?」
「え、あ、イギリスはクイーンズイングリッシュとは言いますが基本英語ですから」
「じゃあ、英語はできるのか?」
焦って苛立っている幹太さんの眼光は鋭い。
私は、その眼には自信を持って言えず、どもりながら微かに頷く。
「私、英語科短大卒です」
その言葉に、幹太さんが胸を撫で下ろしたように見えた。
「幹太さん?」
「あとは証拠だけか」
小さく呟くと、自分で言って納得してしまったようだ。
ますます私には分からない。
「親御さんの説得は?」
「き、今日、その病院へ行ってから家に寄ろうかと」
「そうか」
お腹の子供が育っていると分かれば、母だって話を少しは聞いてくれるはず。
美鈴の話では、母は家に着くなり部屋に籠ったらしく、全然状況が読み取れないし。
「ちょっと、鹿取さん、貴方今、英語が出来るって言ったわよね?」
電話を保留にした森田さんが、後ろにも耳があるのかしっかりと私たちの話を聞いていたらしく、そう呼ぶ。
「森田さんまでどうしたんですか?」
「英語で和菓子の注文みたいなのよ」
慌てる森田さんから電話を渡される。
外国人がお店に訪れたり、電話注文するのはそう珍しくなく、お店にもマニュアルがあるのだけれど。
訛った英語やネイティブすぎる英語なら私も自信がないから恐る恐る電話を変わった。
「……?」
でも、受話器越しから聞きなれた単語を私はしっかりと耳にした。
電話の内容は確かに私も耳を疑った。春月堂の夏の名物、水色の涼しげな寒天の中に夏の風物詩を野菜で形どり浮かべさせた『翠雨(すいう)』という和菓子。
その和菓子を数百と注文しているから。
幹太さんに事情を説明し、おじさんへ確認してもらっていたら、その電話から聞こえてきた名前の人が入口から顔を覗かせて、きょろきょろと店内を見渡す。
そして、私を見つけると蕩けんばかりの笑顔で店に入ってきた。
「美麗」
「あ、あの、デイビットさん、今大使館から電話が来ています。デイビットさんから紹介されたとか」
挨拶もそこそこに、私はデイビットさんへ詰め寄る。
しっかりされた、そしていて日本人の私を気遣うようなゆっくりした英語で『デイビットから素敵な和菓子を食べられるお店だと紹介された』と、そうおっしゃっていた。
「はい。美麗の勤めるお店ですから大使館でいっぱい薦めました。駄目でしたか?」
悪気なくにこにこ笑うデイビットさんに、気難しい顔をした幹太さんでさえ、肩の力を抜いた。
「和菓子は繊細で美しい見た目だが、うちは一個一個手を抜かないからな。何百個もとなると人手が足りない。すまないが」
「えっ数百個も頼んだのですか? 館長が?」
今度はデイビットさんが目を丸くする。
「電話、まだ繋がっているなら、代わって下さい」
そう言って、おじさんが電話の相手には見えないのに身振り手振りで説明していたのを代わってもらい、デイビットさんが対応した。
日本語も上手だと持っていたけど、所々全て敬語で堅苦しく聴こえてくることがあったデイビットさんだけど、やはり母国語は完璧だった。
流暢な英語に、森田さんはぼうっと見惚れているし、幹太さんも口を開けて見ていた。
「誤解でしたね。注文を私が通訳します。美麗はその間に着替えて来て下さいますか?」
テキパキと支持をしながら、上着を脱ぐ。
デイビットさんの身体のラインが浮かび上がり、引き締まっているのがわかるベスト姿は、私も見惚れてしまう。
結局、注文数を持ちがえていたけれど、電話ではうまくそこが聞きとれなかっただけで、おじさんもその数ならば引き受けられると胸を撫で下ろしていた。
大使館で、せっかく住んでいる国なのだからと日本を学ぶイベントの中で和菓子を食べるらしく、此処の和菓子を注文するらしい。
何はともあれ、解決できて良かったし、デイビットさんの動じないあの性格を改めて尊敬出来た。
これぐらい出来るからこそ、うちの母を恐れないのかもしれない。
「綺麗? 具合悪いですか?」
目の前で、手をひらひらされてはっと顔を上げるとデイビットさんが覗きこんでいた。
産婦人科の目の前で。
「美麗も緊張しますか? 私もです」
「え、デイビットさんが緊張!?」
嘘だ、と疑った目で見ると拗ねたように唇を尖らせる。
「私だって緊張しますよ。しかも、貴方との愛する子ですからね」
「デイビットさん」
嬉しい言葉かもしれないけれど、この先ずっと彼はこんな風にストレートに気持ちを表現していくのだろうか。
「私、デイビットさんともっと話しあいするべきなのかも」
「お、前向きな話ですね」
「ちょっと、二人とも邪魔よー。玄関の真ん前で」
私とデイビットさんが立ち話をしていたら、中から赤ちゃんを抱っこした桔梗さんが自動ドアの前まで顔をだしてきた。
「桔梗さんこそ、こんな所に!」
入院している部屋は相部屋が二階、桔梗さんは個室の3階にいるはずなのに。
「ふふふふふ。幹太に今日、美麗ちゃんが来るって聞いてからずっと窓から見ていたの。おめでとう」
そこで受付の人に見かけり桔梗さんは注意され舌を出すと中へ入っていく。
私たちも中へ続いた。
絵画が壁にかけられ、クラシックが静かに流れる一階は、アンティーク風な小物やソファのインテリでデイビットさんに似合いすぎていて笑ってしまった。
「どうしました?」
「ふふふ。何でもないです」
まさかこんな風に笑いあえる日が来るなんて。
一か月前の私には想像もつかなくて変な感じ。
問診票に記入しながらも、隣で熱心に問診票を覗きこむデイビットさんの存在が暖かくて、胸がはち切れてしまいそうだった。
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