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「……ほっぺちゃんのお店なんてあるんだ……」
原宿通りを中ほど突き進んだところに看板があり、路地を折れたところの、階段のうえにその店を見つけた。
ほっぺちゃんとは、スライムを女の子向けに可愛らしくしたようなキャラクターだ。お目目がちびまる子ちゃんみたいにつぶらで真っ黒で、両のほっぺに小さな輝きがついている。……男の子が見ればスライムに見えなくもないだろうに、ピンクを基調としたデザインで、実に愛らしい。お店には子どもばかりではなく、わたしたちのような大人の女性の姿も目立つ。
「ほっぺちゃんって、高嶺、知ってた?」
「あー知り合いのお子さんが好きだって聞いて。それで……」
「ふぅん」とわたしは入り口にある、小さなほっぺちゃんをパズルのように組み合わせて作った、巨大なほっぺちゃんのパネルに目を落とし、「すごいたくさん種類があるんだね。ねえ、なかもじっくり見ようよ……」
「了解」
課長と一緒だとこういうお買い物は出来ないから、同性の友達がいるというのは本当にありがたい。……いつもわたし、ショッピングはひとりきりだったな。悲しくも切ない日々を思い返す。決して友達がいないというわけではなかったが、うまく集団に溶け込めず、空気みたいな存在だったと思う。
大学のゼミのメンバーは例外だったかもしれないけれど、例えばゼミのなかで三人が特に仲が良く、そのなかには入れなかった。決して彼女たちが壁を作っているわけではないが、なんだか……混ざれないと感じることもあった。うまく言えないけれど、自分がいなくてもあの三人のなかで世界は完結している。だったら無理に割って入る必要なんかないよね、と。
さて。十二畳ばかりはあろうか、長方形型のピンクを基調とした一室に、ところせましと、あらゆる種類のほっぺちゃんが飾られている。部屋の片側にテーブルが置かれており、更にその上にガラスの容器が置かれ、そのなかにほっぺちゃんが詰められている。
ほっぺちゃんといえばピンクのイメージだけれど、種類もいろもさまざまで。イエロー、グリーン、水色、紫……。サイズもさまざま。直径三センチほどと思われるものもあれば、定番のが一センチほどのサイズ。愛らしくてとっても可愛い。和む……。
きゃっきゃ女子高生みたいに、店内をぐるぐる回り、あれ可愛い、これ可愛い、なんて言いながら高嶺とほっぺちゃんを眺める。手のひらにちょこんと乗っかるサイズ感。可愛い……。
あまりに種類が膨大で。たぶん、一万種類くらいあるんじゃない? そのなかからひとつを選ぶのは大変だった。
わたしは鯨のかぶりものをしているほっぺちゃんに、高嶺は一口大福のうえにほっぺちゃんが乗っているデザインのにした。お値段は驚きの四百円足らず。これは……どうやって儲けを出しているのか、そのからくりを不思議に思った。
あとで携帯で調べたところ、海外に工場を持つゆえに安く出来ているとのことだ。
* * *
「ああ……あっつあつで美味しい!」
さて、歩き回るとお腹がすく。というわけで、お昼ご飯代わりに、ほっぺちゃんのお店の近くで、美味しそうな揚げ物の店を見かけたので、すかさずチェック。行列に並んでゲットした。フライドポテトと唐揚げのセットを。
唐揚げにはソースがつけられるらしく、近くの台のうえには、ケチャップ、マヨネーズ、それに、明太子ソース! ご親切にも容器まで置いてあるので、遠慮なく、拝借する。
クレープは食べ歩きをするひとも多いが、唐揚げは、その場で食べるのがカルチャーのようだ。わたしたちも、ひとのいないスペースを狙い、お腹を満たす。
「ああ……美味しい!」
噛めば、じゅわっ、と肉汁があふれ出す。広がる鶏肉のジューシーな風味! 生臭くもなく、ほどよくスパイシーで、このちょうど疲れを感じたからだにはたまらない!
無言であっという間に食べてしまった。見れば、高嶺も同じで、「あたしたち美味いもん食うとき静かになるよね」と笑っていた。
* * *
「おお……ここが〇〇スクイーズセンター……」
ちゃんと予約をしてきているひとたちがいるようで。原宿通りから離れた、ややマニアックな場所に思えるが。わたしたち以外にも店の前で並ぶひとが。
それから、店の前にいるわたしたちに、スタッフさんが声をかけ、案内してくれる。――いままで見てきたスクイーズ店よりも、確かに広いな。二十畳くらいありそう?
カラーボックスのような大きな棚に詰められたかごに一種類ずつ、スクイーズが入っているようで。時間になるまで買うのは駄目だけれど、店内を自由に見ていいと店員さんが言ってくれた。高嶺と、あれいいね、これも、なんてきゃっきゃ言いながら見て回る。テレビでYou tuberが宣伝する動画が流されていたのも印象的だった。
それから時間になると、いよいよ購入出来る。……といっても、どれもこれもが魅力的で! ああ可愛い! ピンクのくまさん、ホットドック、バナナ、ユニコーン、ハンバーガー、……よくもこれだけのスクイーズを思いつけるなあと感心するほどで。
「あたし、これにする!」高嶺がうち一個を手に取った。その可愛いデザインにわたしは噴き出してしまった。「えええ? なんでポテト……」
高嶺が選んだのは、赤い容器にフライドポテトが入っており、赤い容器の部分に目と口が描かれたデザイン。正直、お子様向けかな? という感じもすれど。
「えーじゃあ、わたし……どれにしようかな……」あまり大きなものもちょっとな。ほどよい大きさ……ほどよい大きさのものはないだろうか。
「これなんかどう?」
高嶺が手に取る一個に、確かに惹かれた。小さなパンダさん。白と黒で、これならオフィスに置いても不自然ではない。
「ありがとう。じゃ、わたしこれに決めた」
「よし。じゃあ、もうちょっと見てから買おう」
店内にいられる時間は三十分ほどに制限されており(三十分ごとに入れ替えだそうだ)、わたしたちが並ぶ頃には既に、レジの前に長蛇の列が出来ていた。
* * *
「ああ……このパンダさんも可愛い……! くまさんもいいよねー」
それから、原宿通りに戻り、見そびれていた店に入る。原宿駅方向から原宿通りに入ってほどないところにある衣類店で、わたしはTシャツをからだに当てる。Tシャツの前面に、くまさんの顔が描かれたデザインで、とっても可愛い。
「あたしくまにする」こういうときの、高嶺の決断は速い。「莉子はどうする?」
「パンダさんか……おさるさんも捨てがたいな……」
「じゃあ、もうちょっと見て回ってから考えようか。二階にも服、売ってるみたいだし」
ぐじぐじと悩むわたしを否定することのない、高嶺のやさしさに救われていた。「……うん!」
* * *
「ああ、なんかこれまた……美味い。美味すぎるね……」
それから場所を移し、原宿通りの中央ほどに位置する、お菓子会社のアンテナショップで、飽きることなく、また、わたしたちは……食べている。
「じゃ〇りこって揚げたてはこんなに美味いのかなあ?」わたしの知る既存の菓子とはまた違った触感だ。『ポテ〇こ』と言われるその商品は、じゃか〇ことフライドポテトの中間といった感じ。ほっくほくでとても……美味しい!
なので、ついつい、食べる手が止まらない。
一階は、商品を売る場所で、二階はイートインスペース。立って食べるのが原宿スタイルみたいで、他にも女の子たちがわたしたちと同じように食べている。ほとんどの人間が『ポテ〇こ』を。そりゃそうだ、ここでしか食べられないんだから。
「……荒石くんとは、うまく行ってる?」気になっていることをわたしが問うてみると、「勿論」と高嶺は表情を綻ばせる。
「あいつ、……ちゃんと、あたしがあいつを好きだってことを、分かってるみたいで。変に嫉妬しないんだよね。……割りとドライ。意外と冷めているというか……年下男なのにね。妙に達観したところがあって、そこ含めてあたしは好きだな」
「ベタ惚れじゃないですか」とわたしが茶々を入れると、「なんか……ごめんね」と高嶺。
「課長が、もし、あたしのことをいやだと思っているのなら、……そのね。距離を置くことも必要だと……」
「あ。ううん。そこは全然心配ない」
「……本当に?」
わたしは笑って答えた。「正直ね。高嶺のことがあまりにも魅力的で、惹かれた部分はある。でも、わたし、高嶺とどうにかなりたいってのは一切ない。わたしのなかで答えが出てるから、彼も安心してると思う。……それに。
いくら愛し合って結婚した同士だからって言って。その世界だけで『閉じて』いてはいけないと……思うんだよね。
だってそうじゃない。わたしと課長の関係だって、いろんなひとの力添えがあって、うまくいっているわけだから。支えてくれたひとたちのことを、蔑ろには出来ないよ」
「莉子。……あたしたち、ずっと友達だよ……。絶対ね」
「勿論だよ高嶺。……わたし、女の子のなかだと一番高嶺が好き!」
「そういうこと言われると……照れるなぁ」
照れたように頭を掻く高嶺が、誰よりも愛おしいと思えた。
* * *
「ただいまー」
「おかえりー」
課長は、どうやら、またも本を読んでいるようであった。繰り返し同じ本を読むのが好きなひとなのだ。彼はソファーから離れると、
「……楽しかった?」
「うん」とわたしは紙袋を見せつけ、「そこそこ買っちゃった。……すごく楽しかった!」
「莉子。おいでー」
そうして彼の腕のなかに収まる。赤子が母を求めるように、わたしは彼を求めている。彼の匂いを嗅ぎ、彼の存在を感じられる瞬間が、なによりも幸せで確かなものだった。
*