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桃太郎がコソコソ出て行ったのを、アタシは気にも留めず音楽聞いてた。
「泣けるわぁ。この詩がいいねん。切ないわぁ」
「そぉ?」
花阪Gがニマッと笑う。
この子が昔やってたヘビメタバンドの曲らしい。
貧乏すぎて解散したと言っていた。
なるほど、詩も貧乏を笑い飛ばすかんじのものばかりや。
どうでもいいけどこの子、髪が生えるまで家から出ないと言ってたにも関わらず、ツルツル頭でアタシん家居ついてる。
何だかずいぶん懐いてくる。
「じぃはちょっとMなの」
「は?」
「じぃはちょっとM(マゾ)きしつなの」
小さな声で耳打ちしてきた。
「そ、そうなんや……。あの、それが何か?」
どう返事していいか迷っていたところへ、もう片方の耳に生温かい息がかかる。
「ああああたしもですぅ」
ワンちゃんだ。
Gの小さな声が聞こえていたらしい。
M気質という単語に彼女も反応した。
「ボ、ボクも!」
オキナも嬉しそうに同調する。
黙れや。アンタのそれは周知の事実や!
「お、俺もです」
カ、カメさんまでー?
「だから何でアンタら、アタシにそういう告白すんの? どう切り返してほしいん?」
そう怒鳴ると、みんな思い思いの格好のまま照れ笑いをした。
そもそも何でみんな、アタシの部屋に集まってくるの?
確かにワンちゃんとGに関しては例の雨漏りで被害を受けたから、落ち着くまでここで暮らすことを認めた。
でもカメさんと、オキナは関係ないやん。狭い上に暑苦しいねん。
そうこうしてたら、今度はかぐやちゃんが入ってきた。
アタシの部屋だけどこの人、完全に我が物顔や。
「アハハ、かぐやちゃんは完全にSタイプやな」
なんて言うとオキナやワンちゃんがうんうんと頷く。
しかし当のかぐやちゃん、何が起こっても絶対に周囲の状況を読もうとしない。
「履け!」
短い言葉と共に目の前にドン! ものすごい重量感ある物が置かれた。
「あの、コレは……?」
メタル色の板──7×20センチくらいのサイズのもの。
厚みも3センチばかりある。
片面に2本の小さい板が並んでくっ付けられ、もう片面にはヒモが結わえてある。
これはどう見ても……。
「ゲタですか…ゲタ? ですかね…」
かぐやちゃん、自信満々の様子でもう一度言った。
「履け!」
何なん、この人?
そう思ったけど、鬼気迫るその表情にアタシは恐れをなしたわけだ。
「うわ、重ッ!」
鼻緒の部分をつまんで持ち上げようとして、アタシは悲鳴をあげた。
何このズッシリ感。
このゲタ、重い!
片手で持てない。
「当然だ。鉄ゲタだからな」
いいな、1日中履き続けろ。
かぐやちゃんはそう言って、何とも言えない悲壮な目つきをしてアタシのお腹あたりに視線を落とした。
「ちょ、ちょっと待って?」
何やねん、この展開は。
アタシは部屋の隅でパジャマに着替えようとしている小男を睨んだ。
いつの間に帰ってきたのか、かぐやちゃんの後ろからコソコソ付いてきていたようだ。
桃太郎はギョッとしたように視線を泳がせ、最後に開き直ったようにアタシを見た。
「そちが言ったのではないか。最近太ってきたと。己の指で腹肉がつまめるようになってしもうたと」
「そ、そこまで言ってへん! 指で腹肉がつまめるようになったらおしまいやって言っただけやん。アタシは太ってへん! むしろ痩せ気味や。いや、最近ちょっとアレかなって……もろもろのストレスが……体重がちょっと……いや、でも!」
何で急にそんなことを、しかもかぐやちゃんに言いつけんの?
大変な騒ぎになるって分かるやろ!
第一、アタシの体重がアンタに何の関係を及ぼすと言うの?
「そちが……そちが花阪殿の曲ばかり誉めるから。だから余は……」
まさかの焼きもちか!?
「はぁーっ? アンタは子供か! じいさんに張り合ってどうすんねん。気ィ引きたいんやったら他にすることあるやろ!」
「だって……、だって……」
桃太郎、難しいお年頃のようだ。
そろそろアタシらの言い合いにイラついてきたらしいかぐやちゃんが唐突に「ガーッ!」と吠えた。
「足の裏を出せ! 瞬間強力接着剤で鉄ゲタにくっ付けてやる!」
「な、何言ってんの、この人! ギャッ、やめてッ!」
有無を言わせぬ勢いで両足をつかまれた。
足裏に冷たい接着剤をネリネリと塗りたくられ、暴れる間もなく鉄ゲタを装着させられる。
「痛いッ! 放せ! か、かぐやちゃん? ふざけんな!」
しかし抵抗空しく、かぐやちゃんはすごい力でアタシの足を押さえつける。
鉄ゲタと足裏をガチガチに固定して、完全にくっ付けようとしているのだ。
「ぐはぁッ、重ッ?」
ようやくかぐやちゃんから開放されたアタシは、自分の足が何かに引っ張られるように床に落下するのに驚愕した。
何や、これは。重くて動けない。
呻くアタシを見て、満足したようにかぐやちゃんは立ち上がった。
帰り際、ドアの所でクルリとこちらを振り向く。
「決して脱いではなりませぬ」
機織りする鶴みたいな(?)セリフを残して、かぐやちゃんは帰って行った。
「脱げるか、アホ!」
無茶苦茶や、あの人。
何や、この下駄。どこで買ってん?
手作りか……むしろ手作りなのか?
痛ッ! 痛い!
いっそ法的措置とか講じられへんかな。
「だだだ大丈夫ですか、リカさん」
ピクリとも動かずにこの騒動を見ていたワンちゃん達の呪縛がようやく解けた。
「だ、大丈夫ちゃう……」
「なかないで」
花阪Gに囁かれ、アタシは自分が号泣していることにようやく気付いた。
接着剤は強力だ。
無理に皮膚を剥がすか、一旦細胞が死ぬのを待つしかない。