テラーノベル
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「お母さんが具合悪いんだよね?」「……あ」
「だからお金が必要だって? そうだよね?」
その空気を切ったのも、隣にいる音霧さん。その目は小春と凛と同様に冷たく、軽蔑する男に向けるようなものだった。
『残念ながら違います。証拠はまたSNSの裏アカです』
『レアキャラゲット! 十万注ぎ込んだもんなー』
文章と共に映し出されていたのは、女性のイラストだった。絵柄的にスマホアプリのキャラクターだと、察せられた。
「見せて!」
音霧さんは北条くんからスマホを奪い取る。取り返そうとしてくる北条くんを強く突き飛ばしたかと思えば、パスコードを知っているみたいな手付きで解除し、すぐにそれを見つけたようだった。
「十万で得たのは、これ?」
先程のスクショと同じレアキャラが、北条くんのスマホアプリから出てきたようだった。
……本当、だったのか? 彼女にそうゆうことをさせて、お金を?
俺の奥底から、また沸々としたものが出てくる。
唇を噛み、震える手を握り、熱くなる全身をただ抑える。
──目の前にいる相手を殴りたい。そう本気で思ったのは二度目だった。
ピッ、ピッ、ピッ。
二人の指輪より聞こえる、警告音。黄色の点滅を始め、切迫しているのだと誰でもが察せられた。
『あららら。決定的な証拠出ちゃいましたね?』
主催者は爆弾のタイマーらしきものを起動させた。よりにもよって、このタイミングで。
「とりあえず生きて出てから話し合おう? な?」
両手の平を広げて「まあまあ」と言いたげに宥める姿は、いつもの北条くんと別人に見えた。
それを冷めた目で見てしまう俺も、別物かもしれないが。
「私が何したか知ってる? 体穢したのだって、あなたが好きだったから! ……暴露したのは華だろ! パパ活のこと、あんたにしか話してないから!」
北条くんに向いていた怒りは、いつの間にか華と呼ばれる三上さんに矛先が変わっていた。
「待ってよ! 次が紗栄子だって分からないんだから!」
バンっと響く音で、反射的に後ろの席に視線が集まる。どうやら三上さんが勢いよく立ち上がったことにより、椅子がひっくり返ったようだ。
綺麗に巻いた髪が揺れ、整った顔が動揺からか歪んでいた。
「そんなの知るか! あんたしか知らない! それが証拠だろ!」
理論的な音霧さんが、感情だけで声を荒らげる。友達を罵る言葉を並べて。
疑うつもりはないが、傍観者である俺達の視線は音霧さんに注がれる。……いや、嘘だ。正直、疑っている。
「……そうだよ。だって愛莉とのスクショ、晒したのは紗栄子だよね?」
刺さる視線に耐えきれなくなったのか、ふぅっと溜息を吐き、瞼を閉じて開く。その目は据わっていて、三上さんも何かが吹っ切れたようだった。
「あ、あの時は、死ぬなんて……思わなかったから……」
泳ぐ目付きから分かる。一度目の犠牲者となった西条寺さんの密告をしたのは、音霧さんだったようだ。
「暴露したら、愛莉のミーチューバ人生破壊すること分かっていたよね? だから許せなかった。大体さ、何清純ぶってるの? 私にも勧めてきたじゃない? 小遣い稼ぎに最高だって!」
腕を組み、相手を睨み付け、張り上げた声で、また新たな暴露が起きた。
もう知らなくて良い、音霧さんの秘密を。
「……それは」
「大したことじゃないって言ってたじゃない? ……それとも、私も沼に嵌めるつもりだった?」
その言葉に、音霧さんの表情はみるみると変わっていく。何かに取り憑かれたような、狂気に満ちた表情へと。
「テメェー!」
汚い言葉を放ち、三上さんに向かって歩き出す。
ピー、ピー、ピー。
それを止めるかのように、けたたましい音と共に赤く点滅をする指輪。あまりにも大きな音に、音霧さんも立ち尽くす。
先程と同じ展開に、俺は小春を抱き寄せ見せないようにと顔を埋めさせた。
「大体、お前誰だよ! 何の為にこんなこと!」
北条くんは音霧さんに奪われていたスマホを取り返し、怒声を響かせる。それを握る手は、青筋を立てていた。
『おや? もうヒントは差し上げてますよ?』
「ヒント? 何だよそれ!」
『まずは彼女さんの身を案じるべきでは?』
その言葉でスマホより目を逸らし、音霧さんに目を向ける。ドクロの目が赤く点滅する光景に、ようやく猶予がない状態だと気付いたようだった。
「と、とりあえず外して!」
「……お前も、見捨てるとかなしだからな!」
「分かってるから!」
北条くんはガタガタと震える指で、音霧さんの命を縛り付けていた死の指輪をそっと外す。
「外れた!」
その声と共に、耳がつんざきそうな音も止み。先程までの冷めた空気は一転して温かな歓声に包まれた。
「……嘘」
ずっと俺の胸で震えていた小春はそっと顔を上げ、音霧さんの指を見つめる。次にその視線は俺に向けられ、息を切らしながら、ぎこちなく笑った。
「さあ。俺も、早く!」
「分かってるから!」
指を震わしながら、音霧さんも北条くんの指輪を引き抜こうと懸命に向き合っている。
そんな姿に、いつしか教室中には激励する声が響き分かっていた。しかし。
ピー、ピー、ピィーー。
警告音が強く鳴り響いたかと思えば、鼓膜が破れそうな音と振動と共に、また同様の惨劇が俺達の前で繰り広げられた。
当然、俺達に慣れるなんて概念などあるはずもなく。教室内は、悲鳴、嘔吐、椅子が倒れる音。地獄のような、音と悪臭に包まれた。
「……どうして。二人は……、二人は指輪を外そうとしていたじゃない! 違う……、違うから! 私は愛莉のことで。紗栄子を反省させようとして……。べ、別に殺すとか……、そんなつもり……、なかった、から! 本当だからー!」
悲鳴と共に、虚しく響く声。
息を切らせたからか大きく深呼吸をし、その悪臭に耐えられなかったのか、その場で膝を突く。口元を抑えるがそれを防ぐことは出来ないようで、ポタポタと落ちてくる嘔吐物。
それに動揺することも、嫌悪感を抱くことも、案ずることもない。
この場にいる全員が、その状況だったから。
……なぜだ? 何がどうなって? どうして指輪を外したのに、二人は死んでしまった?
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