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目を覚ますと、それはいつも通りの天井。地平線近くが少し明るく少し靄がかかっているので、もうすぐ夜が開けるのだろう。
昨日のことがよく思い出せない。朧げではあるが誰かと過ごした記憶はある。そして何故か頭が痛い。
ただ誰かと過ごしたのだったか…。確か今までずっと一緒にいた…。
思い出せない。記憶から何かが抜け落ちてしまっているような…。
それとも、今までが夢だったのだろうか。普通に考えてそれが現実的だろう。長く一緒に過ごした人の事を忘れる方がおかしい。
僕はここで長い夢を見ていたのだ。
そう結論づけるとふわふわとした気持ちのまま布団を起き上がる。
それと同時に一人の青年が入ってきた。
「おぉ、気がついたかい。」
「当主様!」
この方はこの家の当主様だ。いつも思うが、彼は当主にしては随分と若い。当主の家系もいろいろとあるのだろうか。
彼は「ちょっと用事があってね。」と言って立ったまま話し始めた。
「昨日、全然私のところに来ないから様子を見に行って見れば、君廊下で倒れていたんだよ。昨日は丁度老人どもが集まって酒まで飲んでいたからね。その分の仕事が君にまわったせいで疲れたんだろう。倒れる前の記憶はあるかい?」
そう言われて思い出そうとするも、頭に靄がかかったように何も思い出せない。思い起こされるのはぼんやりと、だが鮮明に残っているあの夢での出来事。
「……無いです。あと、何故か頭が痛いです。」
「あはは、配膳中に酒でも飲まされたんじゃないかい?」
酒を飲まされたのか……。もし本当なら笑い事では済まないのが。
そんなことを考えていると、当主様が「そろそろかな。」と呟いて、僕に小瓶を半ば押し付けるように渡して言った。
「はい、忘れ物。」
「………!!」
………は…?
僕は何も喋れなくなった。
だって、今僕の手に渡された物は…。
……何故、そう言い切れるのだろう?
まずこういった物を一般人が持っていることの方がおかしい。では何故、これが何か理解できたのだろう。
「悪いが、君にここで寝ていられては困るんだ。君にはやるべきことがあるだろう?」
僕の…やるべきこと……。
そうだ僕は守りたかった。彼女を失いたくなくて…独りになりたくなくて…それで彼女を連れて逃げて…でも彼女は…。
「昨日も約束の場所に来なかったじゃないか。また、約束を破るのかい?」
……約束?
「「ずっと一緒にいようね!」」
『約束』という言葉で頭をよぎった思い出。
そうだ、約束したじゃないか……!
行かなければ…、彼女のところに。
「当主様、今彼女はどこですか?」
「さあ…多分、祠に入ってはいないだろうけど、一つ目の鳥居はくぐったんじゃないかな?」
「ありがとうございます!!」
そう言うと、僕は走って部屋をあとにした。
独り部屋に残された青年は、自らの携帯端末を確認し、胸を撫で下ろしていた。そして、独り愚痴を言うかのように話し始めた。
「わざわざ、術に欠陥が残るように調節して、結構たくさん刺激語だしてたのに、随分と時間かかったなぁ。まぁ、途中まで聞かれてたからあんまり決定的なこと言えなかったしなぁ。しょうがないか。」
そして彼は「これでこの家も終わりかなぁ。」などと言いながら、先程少年に渡した物と全く同じ物を袂から取り出し、蓋を開ける。
「悪いね巫女さん、私も置いていかれた側だからつい、ね。」
そう呟くと、彼はまるで酒を一気飲みするかのように瓶の中身を飲み干した。
屋敷を出て、階段を駆け上がる。
急がなければ。彼女一人で行ったということは、彼女自身が自分で持って行った可能性が高い。そう思いながら先程当主様に渡された小瓶を見る。
もう、幾つの鳥居をぬけただろう。かなり奥まで来ている筈なのに、彼女の姿がない。
もう手遅れかもしれないと絶望しかけた瞬間、祠に一番近い鳥居に入って行く彼女がいた。
「姉さん!!」
僕がそう叫ぶと、彼女は足を止め、こちらに振り返り「なんで…。」と呟く。
その間に僕はその鳥居の前まで階段を登ると、彼女は叫んだ。
「駄目!!こっちに来ないで!!!」
彼女が止めるのも無理はない。
ここから先は彼岸の入口、黄泉の国の玄関。一度踏み入れてしまえば二度と帰ることは許されない。
彼女は今も泣きそうになりながら叫び続けている。
しかし、僕はそんな彼女の制止も聞かず、鳥居をくぐり彼女を抱きしめた。彼女は「なんで…。」と呟いている。
「…あなたが言ったんじゃないか。ずっと一緒にいようって。約束だよって。」
「思い出したの…?」
「生きるのも死ぬのも怖いんだ。でもね、姉さんと一緒なら大丈夫な気がするんだ。だからお願い、僕も連れていって…。」
少し恥ずかしいが自分の本心を言うと、彼女は泣きそうな、呆れて笑っているような表情で「しょうがないなぁ。」と言って僕に手を差し出した。
僕はその手をとると、僕達手をつないで思い出話をしながら祠に入って行った。
花が散る。
小さな花が二輪。
嗚呼、明日はきっと雨だろう。