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不妊治療のことで一方的な言い合いになったその日、幹雄が自宅マンションに帰らなくなった。心配して連絡をしても彼と連絡は取れない。和子に連絡を取ってようやく実家で義母に甘やかされているらしい内容を知った。
――幹雄ちゃんの傷が癒えるまでは、こちらから会社へ通わせます
美晴はこのような連絡を義母から受けるたびに疑問に思っていた。自分の両親は祖母に食事のことで頼ることもなければ、祖母からおかしな連絡が入ることはなかった。一度、度重なる連絡のことを頻度を減らして欲しいと義母に申し伝えたところ、美晴の家がおかしいだけで世間一般はこんなものだ、親が子供の心配をするのは当然だ、と言われたため、彼女は幹雄や和子のやり方が正当性を持っているものだと信じていた。
幹雄が心配なので何度も連絡を取ったが、数日経っても義理実家から戻ってこないため、美晴は意を決して彼らの住まいへ赴いた。
松本家は先代より会社を興しており、その業績の結果多額の資産家である。そのため、都内にも関わらず地価の高い地域に義理実家の豪邸ともいえる自宅が建てられていた。大きくそびえるように立つ家を囲うように高く設計された塀。駐車スペースも十分にあり、入口の門は大きい。まるで美晴を拒絶するかのような佇まいで、彼女はいつもこの家の門を叩くときに緊張する。
インターフォンを鳴らすと幹夫が門前に現れた。
「幹雄さん、申しわけありませんでした。許してください」
どうか帰ってきて欲しいと伝えると、幹雄に誠意を見せろと言われた。戸惑う美晴に、幹雄は鋭い目線を送り付けてくる。
「とにかく、入口でみっともない姿を見せないでくれるか? 入れよ」
乱暴に敷地内に入らされると、後ろで門扉が閉まった。まるで刑務所に放り込まれたようで、逃げられない気分になり息が詰まる。
ずんずん家の方に歩いていく夫を追いかけるように美晴も小走りになった。
「あの、幹雄さん、誠意とは…?」
声をかけるとようやく玄関先の扉の前で夫が振り返った。
「誠意の意味もわかんないの? 美晴はほんとうにバカだね。足りない頭で考えてみなよ。誠心誠意謝るっていったらどうするの?」
「えっと…」
「土下座したら許してやるよ、って言ってるの! ここまで言われなきゃわからないなんて、困ったものだな」
土下座を強要されたので玄関先で膝をついた。申しわけございませんでした、と涙ながらに謝った。美晴は夫の攻撃が過ぎるのをひたすらに待つ。嵐が過ぎ去るのを待つように、いつもこうしてきた。
その姿を見た幹雄は満足したようで、帰ってやってもいい、と言い出した。
「ありがとうございます」
これで刑務所から解放される――美晴はこっそり息をついた。幹雄を前にすると、まともな呼吸がひとつもできない。