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入学式当日。式が執り行われる大講堂(だいこうどう)は、かなりの大人数を収容可能な作りだ。しかし菜乃葉が到着した頃には、既に大部分の席が埋まっていた。中を見渡しながら空席を探していると、菜乃葉を呼ぶ声がする。
美音
「菜乃葉ちゃーん!こっちこっち!」
菜乃葉
「…美音」
広い講堂の中程で手を振る美音に、菜乃葉も軽く手を振り返して応える。近寄ってみると、美音の右隣に空席があった。
美音
「ほらほら!こっち座って」
菜乃葉
「ありがと、助かった」
美音
「いやいや!あれ…?菜乃葉ちゃん、隣の子は?友達?」
菜乃葉が席に座ると、菜乃葉に付いてきていた瑞夏も菜乃葉の右隣に座った。
菜乃葉は美音に簡単に瑞夏の説明をした。
その時、美音の左隣の席に座っている少女が声を上げる。
「美音、この人が?」
美音
「そうそう、あの菜乃葉ちゃん!」
少女は立ち上がり、菜乃葉に向かって手を差し出す。
夏菜
「はじめまして。私は夏菜。美音からも、色々と話は聞いてるよ」
菜乃葉
「色々と……?」
肩したまで切り揃えられた黄緑の髪、ハチミツのような零れ落ちそうな金色の瞳。どこかホンワリした美音とは系統が違う、キリッとした印象の少女だ。
菜乃葉は夏菜の言葉にかすかな違和感を覚えながらも、差し出された手にこたえる。
菜乃葉
「菜乃葉、よろしく」
夏菜
「よろしく」
握手をした瞬間、菜乃葉は夏菜の手に銃弾がある事に気がついた。日常的に銃の鍛錬を欠かしていない証拠だ。「狙撃手志望だろうか」と心に留めつつ、手を離す。というか
菜乃葉
「ふーむ……?」
夏菜
「……なんか顔についてる?」
何故か値踏みする様に、じとっと見つめる菜乃葉。それほど悪い気分でも無いが、黙って見つめられると何となく気まずいと思っている夏菜。そんなわけはないと知りながら、やんわりと行動の真意を質す。
菜乃葉
「いや、噂とは随分違う印象を受けるな、って」
夏菜
「噂? それって……」
夏菜がさらに質問を返そうとしたところで、大講堂内に魔法で拡声されたアナウンスが響く。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。間もなく入学式が始まります。どうぞ席に着き、静粛(せいしゅく)にお待ち下さい。繰り返します。間もなく入学式が――」
大音量のアナウンスの中では、会話もままならない。菜乃葉は夏菜と頷き合い、無言で席に着く。
入学式は予定通り、順調に進む。とは言っても、菜乃葉達は座って聞いてるだけだ。「正直、飽きてきたな」という菜乃葉の思いとは無関係に、進行のアナウンスが講堂内に響く。
「続きまして、生徒会長代表挨拶。生徒会長、Nakamu」
「__はい」
ゾクリとするような、明るくも気品溢れる声。短く答えた少年は、堂々とした足取りで前に進み出る。あまりにも洗練された動作、彼の一挙一投足に講堂中が息を呑む。印象的な明るい茶髪をたなびかせながら、少年は優雅に壇上(だんじょう)へと上がる。
美音
「うっわぁ〜、すごいオーラ……」
菜乃葉
「さすが、本物の王子様は違うね」
美音の呟きに小声で答えつつ、菜乃葉は思考を巡らせる。デットアンド王国の次期正統後継者、王子Nakamu。容姿端麗にして文武両道。何をやらせても右に出る者がいない彼は、魔法の実力も既に折り紙付きだと聞く。例年より多くなったこの魔法学校の中でも、あらゆる意味で断トツの最重要人物だろう。
菜乃葉
(もっとも、私が関わることはないだろうけど)
菜乃葉は気楽な調子で、思考する。一国の王子が同じ学校にいても、普通の学生と一国の王子では、普通に生活していれば、関わり合いになる事はまずあり得ない。
講堂内を静かに見渡したNakamuは、神妙に口を開く。
「こんにちは、皆様。ご紹介にあずかりました、Nakamuと申します。このような素晴らしい式を開催して頂いた事、深く感謝申し上げます」
しん、静まり返った講堂を前に、Nakamuは淡々と言葉を続ける。挨拶、謝辞、抱負。至って一般的な内容、冷淡にも聞こえる程に平坦な口調。だと言うのに、聴衆(ちょうしゅう)は彼女の言葉に強く惹き込まれる。支配者のカリスマ。Nakamuは若くして、既にそれを発揮しつつあった。
やがて、Nakamuの演説も終わりに近づく。だがそこで、演説のトーンに変化が生じる。
「ハリコルオン魔法学校は歴史ある、素晴らしい学校です。それゆえ、ここには誇るべき伝統があると聞いています。この学校の中においては『身分の上下は存在しない』、と。その考えには、俺も大いに賛同致します」
菜乃葉
「……それは、それを言ったらまずいでしょ」
Nakamuの言葉に、菜乃葉は反射的に眉をひそめる。過去にはそんな伝統が実在したらしいが、それも今となっては名目上だけのものだ。入学試験の時のモブクズの態度を見てもわかる通り、実態とはかけ離れている。そんな事は、当然Nakamuもよく知っているはずだ。だと言うのに、わざわざこの場で言及する意図はなんだ。
Nakamuが何を意図しているにせよ、と菜乃葉は思う。この演説は今後、大きな波紋を広げる。学校内の特権階級たる貴族達の、その筆頭たる王子様の言葉だ。誰も無碍(むげ)には出来ない。かと言って、今まで利益を得ていた貴族達が簡単に納得するはずもない。必然、今後学校内で多くの軋轢(あつれき)が生じるだろう。
講堂内には一種異様な空気が漂っている。多くの人間が波乱の予感を抱きながら、しかし制止することもできず、ただ固唾(かたず)を飲んでNakamuを見つめる。会場中の視線を受けながらも、Nakamuは平然と言葉を続ける。
「素晴らしい伝統に則り、全ての生徒が公平に実力を評価される事を__俺は、心より望んでおります」
話しながらも、Nakamuの視線は菜乃葉や夏菜の方に向いている。いや、距離はあるが間違いない。Nakamuの視線はなぜか、菜乃葉や夏菜、瑞夏をじっと見つめている。
菜乃葉
「もしかして……私達、もう目を付けられてる?」
声が届く距離ではない。しかし菜乃葉の呟きが聞こえたかのように、Nakamuは冷たく、明るい微笑みを浮かべた。
Nakamu
(光魔法と闇魔法の所持者、変身魔法で実技試験の時に偶然とは思えない功績を残した者、そして脅威の妹で警戒要素がある者、コピー魔法と動物変化魔法の所持者…あそこ4人が固まっているとはねぇ…スマイルの作戦大変じゃね?これ)
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夏菜
いつもは姿が違う
↑普段、何もしていないときの夏菜