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深夜1時・・・・
洋平、荒元、松田の三人は、薄暗い会議室の一室に集まっていた
部屋の中央には青白い光を放つモニターが置かれ、その周りを三人が取り囲んでいた
「くそっ、ラビットコインが消滅するなんて・・・」
洋平が歯を食いしばりながら呟いた、荒元がキーボードを叩く音が部屋に響く
「おかしいですよ!あれだけ順調だったのに、突然大量の売り注文が入って・・・」
「絶対に誰かが仕組んだんだ」
「初めから想定されてたんだ!」
松田が腕を組んで言った
「でも、誰だ?」
そして首を捻った、洋平が画面を凝視しながら言った
「もう一度取引履歴を追ってくれ、大量購入の痕跡があるはずだ」
三人は長時間、息を潜めて画面を見つめていた荒元の指が、素早くキーボードを叩き、複雑なコードが画面上を流れていく
「ちょっと待てよ・・・」
突然、荒元が声を上げた
「この取引・・IPアドレスが・・・」
「なんだ?」
「どうした?」
洋平と松田が同時に身を乗り出す
「大手証券会社のものだ・・・」
荒元の声が緊張で震えている、三人の目が大きく見開かれた、洋平が拳を机に叩きつける
「くそっ!なぜ!大手証券会社が?ラビットコインなんかを?」
「わかったぞ・・・・バックに誰がついているか・・・」
松田が静かに言った
「なんてことだ!」
「バックは誰だ!
「ラビットコインの技術が、ソイツらの利益を脅かすと思ったんだ」
「目をつけられたんだよ!」
「どこだ!仕返ししてやる!」
部屋に重苦しい沈黙が流れる、やがて松田が小さく呟いた
「・・・この証券会社のバックには日本銀行がついている」
「なんだって!」
「なんだって!」
洋平が立ち上がり、モニターの画面にくぎ付けになった
「・・・現在の日本銀行は手元資産が無い状態で、過剰な貸し出しをさせて利息で莫大な利益を得ている・・・ 」
「だから僕達のラビットコインを使えば、国民が過剰な借金を負わされたり、税金を取られる事はなくなるのに!」
ついに松田がキーボードから手を離した
「妨害されている・・・・これ以上はどうにもできない」
立ち上がってエンジニアの松田は真っ暗な窓を見た、洋平は自分が何をしているか意識しないまま、顔を拭った
そして小さな松田の声が洋平の耳に届いた
「おしまいだよ・・・日本銀行が相手じゃ手も足もでない」
「と・・いうことは・・・」
「ああ・・間違いない」
三人の心に絶望が広がった、洋平は頭を抱える松田をじっと見つめた
松田が苦しそうに声を絞り出して言った
「俺達は潰されたんだ・・・」
・:.。.・:.。.
【半年後】
洋平は大阪港の五低山ふ頭をフラフラ彷徨っていた・・・・
港からは淡路島や韓国への定期船が行き交い、海を望める公園の周辺を、毎日まるで幽霊のように歩き回っていた
遠くには夕暮れの海にダイナミックなコンテナ船が、彼の虚ろな心のように大きく静かに佇んでいる
ラビットコインが消滅してから、洋平は躁鬱状態に入り何もする気が起こらず
あの場で受けた衝撃と、国に裏切られたような痛みは、時間が経つにつれ少しは薄れたものの、今は鈍い惨めさだけが残った
毎日ただ息をする動物のような気分で
髪は何日も洗っていなくボサボサ、鼻の下と顎髭も伸び放題のボーボー
グレーのスウェットズボンに黒のダウンに黒マスク、足元は素足に指先が出たビニール製のサンダル
そして四角いフレームの眼鏡といった、まるで浮浪者のような風貌で、昔の洋平とはかけ離れた、見るも無残な容貌だが、本人は少しも気にしていない
フラフラと海風に当たりながら、海のすぐ近くに来て、大型船の錨の輪をひっかける岸壁に、設置してあるビットに毎日の日課でぼんやりと腰掛けた
もうすぐ陽が沈む・・・・
海風が洋平の伸び切った髪を、余計にボサボサにしている
もう・・・何日まともに眠っていないのだろう
ふ頭の古い港の雰囲気は、洋平の暗い気持ちを象徴するかのようで
大正14年から稼動するこの歴史ある北港ふ頭は、洋平の無駄にした仮想通貨の歴史のように時代を超えて静かに存在していた
「ここから・・・どう生きればいいのだろう・・」
洋平は呟いた
風が彼の言葉を攫っていった
前かがみになって海を見つめながら、洋平は深く息を吸い込んだ
都会の喧騒が遠くで鳴っているようだった
ラビットコインは自分の人生だった・・・・
あれが成功すれば本当に、みんなの暮らしが楽になると思ったのに・・・
―この国では何か、新しい事をしようとすれば潰される・・・いっそのこと海外に移住しようかな・・・
そう言えば知り合いがマレーシアに移住したな
海外に行って・・・・その日暮らしの生活で、世の中の為に生きようなどとは思わないで・・・
善い行いをしようなどとは考えないで
自分の事だけ考えて生きれば・・・・
彼の心は、もはやこの世界とは切り離されていた
港の景色は冷酷なまでに美しく、洋平の心の中の、混沌とした波を浮かせては沈めていた
あれから荒元や松田とも連絡を取れていなかった
彼らや社員に最後の給料を払って、そしてラビットコインが失敗した事を、社員に告げて解散宣言をした・・・・
会社の倒産手続き・・・そして数億の借金が自分に残った
もうどう返済すればいいのかさえも分からない、祖父も心配しているのか、一日に何度も電話をかけてきているが
今洋平は誰とも話す気が無かった
グスッ・・・「・・・なんてことだ・・・」
洋平はゼンマイ仕掛けの人形のように体を前後に揺さぶった
そして無頓着にダウンの袖で涙と一緒に垂れて来る鼻水を拭き、両手で顔を覆った
洋平の心は、港の冷たい海風に晒されながら痛みに満ちていた
彼の夢だったラビットコインの崩壊は、単なる事業の失敗以上のものだった。それは彼の魂の一部が引き裂かれたような感覚だった
潮の香りと船のエンジン音が、かつての希望に満ちた日々を思い出させた。そして同時にその全てが失われたことを痛烈に突きつけてきた
「もう二度と立ち直れないかもしれない・・・・」
ハラハラ涙がこぼれる、洋平は誰に知られずに一人泣いた
洋平の目には、もはや未来が映らなかった、ただ、過ぎ去った夢の残骸だけが心の中でむなしく漂っていた
洋平は、自分自身が港の霧のように消えてしまいたいと切なく願った
いっそ・・・この海に身を投げ出したら・・・全てが楽になるかもしれない
「ダメよっ!!」
その時すぐ洋平の傍で女性の声がした
ドカー――――ンッッ「いてーーーーーー」
甲高い女性の声と共に、小柄な体が洋平にタックルしてきた
予期せぬ衝撃に洋平は重心を失い、ビットから転げ落ちて冷たいアスファルトの上に後頭部ごと叩きつけられた
洋平は小柄な女性に突然タックルされた
痛みで目を開けると、そこには必死の形相で、自分にしがみつく一緒に倒れている、女の子の姿があった
大きな瞳には怒りに燃え、こちらに向けられている、震える唇から言葉が溢れ出た
「今!死のうとしてたでしょ!!早まっちゃダメ!!話を聞くからっっ!」
眼鏡がどこかにふっ飛んでいった
それでも洋平は、倒れている自分の上に乗っかっている女の子の顔を凝視した
ボサボサの伸び放題の前髪の隙間から、その子の顔をじっと見る
え?・・・可愛い・・・・
・:.。.・:.。.
彼女にタックルされて、地面に叩きつけられて驚いたのとまた違う胸の鼓動の速さを感じた